Jリーグ最年少出場記録を打ち立てた早熟の天才の第二の人生 国家資格に食らいつき鍼灸整骨院を開業 (3ページ目)
【多くのタレントをサポート】
鍼灸整骨院を開業後は、歌手・俳優の梅沢富美男さんや人気アーティスト、トップアイドルからもライブや講演の際に鍼灸・マッサージ師として帯同を依頼され、多くのサポートを行なってきたというが、ひとえに素直でオープンな小松原の人柄があってのことだろう。出張の際には、車に治療器や鍼などの道具一式を乗せて、車内でも治療できるように整備するなど、投資も惜しまなかった。
「最初のきっかけは、知人に梅沢富美男さんを紹介されたことでした。その後は、フットサルを一緒にやった縁で、当時ケツメイシのメンバーだった河野健太さんのツアーに帯同し、体のサポートを担当させてもらったり(河野さんは2025年にケツメイシを脱退)。ナオト・インティライミさんやDOZAN11(三木道三)さん、タレントの彦摩呂さんらの体のケアをさせてもらったこともあります。
タレントさんって、ひとりとつながると紹介が広がることが多いんです。誰を相手にしても、敬意は払いつつフラットに接する。変に下手に出ないところを気に入ってもらえたのかもしれません(笑)」
整骨院は2026年で開業15年目に入った。ただ、年間の3分の1ほどは出張サポートで不在となることもあり、最近は2014年に地元で立ち上げた小学生年代のサッカークラブ、ラファーガFCも軌道に乗ってきて、仕事の軸足を少しずつサッカーの現場に移しているとも話す。
「チームも結果を出せるようになり、いまラファーガには約50人の子どもがいます。それにラファーガとは別で、ここ数年は子どもたちを海外に連れていき、留学を含め大会に参加するなど、サッカーを通じた学びの場を提供するプロジェクトのほうも忙しくなってきました。これまで年2回ほどだった海外遠征も、去年は年8回も行きました。自分のクラブ(ラファーガ)を守りながらなので、ちょっと忙しすぎるんですけどね。
休みは年間10日くらい。クラブの人数が増えれば、バスがないと送迎できないのでバスを買ったり、アーティストのツアーに帯同させてもらうために車に積んで持ち運べる治療器も必要になったり、借金に借金を重ねてきたので、必死に働くしかないんです(笑)」
(つづく)
小松原学
1981年、群馬県生まれ。1999年、ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)ユースからトップチームに昇格し、4月11日のセレッソ大阪戦でJリーグ最年少出場記録(当時)を樹立。世代別の日本代表にも飛び級で選ばれるが、ケガのため出場機会には恵まれなかった。その後、ヴァンフォーレ甲府などでプレーし、2005年、現役を引退。引退後は柔道整復師、鍼灸あん摩マッサージ師の資格を取得。またザスパクサツ群馬(ザスパ群馬)ジュニア・ユース(館林)の監督として次世代の指導に携わる。
著者プロフィール
栗原正夫 (くりはら・まさお)
1974年6月11日生まれ、埼玉県出身。大学卒業後、放送、ITメディアでスポーツにかかわり、2006年からフリーランスに。サッカーを中心に国内外のスポーツを取材し、週刊誌やスポーツ誌に寄稿。ワールドカップは1998年、夏季五輪は2004年からすべて現地観戦、取材。メジャーよりマイノリティ、メインストリームよりアンダーグラウンド、表より裏が好み。サッカー・ユーロ、ラグビーワールドカップ、テニス4大大会、NBAファイナル、世界陸上などの取材も多数。
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