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【Jリーグ】レオ・シルバはいつでも必要な場所にいた「ブラジル代表で活躍していない僕みたいな選手でも...」 (3ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Kei Totsuka

【悲願のACLタイトル獲得に貢献】

 好機は2018年に訪れる。ロシアワールドカップを挟んで開催されたACLで、決勝戦まで勝ち上がるのだ。1997年から1998年にかけて開催されたアジアクラブ選手権から数えて、11度目でつかんだ頂点へのチャレンジだった。

 イランのペルセポリスとのホーム&アウェーは、カシマスタジアムでの一戦で幕を開ける。敵地テヘランでの第2戦は、10万人とも13万人とも言われる大観衆が詰めかける。ホームの第1戦で確実にアドバンテージを取りたい。

 初のアジア制覇への期待と、ホームで結果を残さなければという重圧が重なる一戦は、58分に動く。スコアラーはレオ・シルバだ。土居聖真とのワンツーで右サイドからアタッキングサードへ侵入し、ペナルティアーク内から左足を振り抜く。グラウンダーのシュートが、ゴール右隅を射止めた。

 鹿島へ移籍後のレオ・シルバは、新潟でプレーしていた当時よりも攻撃への関わりを増していた。彼自身に聞くと「僕はもともと攻撃的な選手なんです」と笑顔で切り返されたが、鹿島でチームメイトとなるペドロ・ジュニオールが「3つの肺を持つ男」と評したハードワーカーは、敵陣で効果的なプレーを見せるようになっていた。

「中盤でボールを奪って攻撃へつなげていく仕事は、新潟でもやっていました。それを評価されて鹿島に来たので、そこまでは確実にやらなければいけない。攻撃の仕事について言えば、このチームには前線にも中盤にも、もっと言えばDFラインにも質の高い選手がいるので、自分たちがボールを握っているなかで私を経由することが多いのかもしれませんね」

 第1戦を2-0で制した鹿島は、敵地での第2戦をスコアレスドローでしのぐ。レオ・シルバは2試合ともにフル出場し、悲願と言われたタイトルをもたらしたのである。

 鹿島には2021年まで在籍し、5シーズンで135試合に出場した。2022年は名古屋グランパスの一員として、リーグ戦34試合のうち33試合に出場した。36歳になってもフィジカル的な衰えを感じさせず、それでいて年齢にふさわしい効率的なプレーを見せた。持ち味であるボールを奪い取る力は、最後まで高いレベルを維持した。

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