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選手、監督として鹿島アントラーズに在籍したジョルジーニョが古巣の9年ぶりの優勝に祝辞「アリガトウゴザイマシタ!」

  • 藤原清美●取材・文 text by Kiyomi Fujiwara

ジョルジーニョ ロングインタビュー/第1回(全4回)

 Jリーグ創成期の4年間に鹿島アントラーズでプレーし、その後、2012年には監督として鹿島を指揮した元ブラジル代表のジョルジーニョ。今も日本を愛してやまないレジェンドに、当時の思い出や、ブラジルでの監督人生、そして、日本代表とブラジル代表の今について聞いた。

2025年12月にブラジルでインタビューに応じ、鹿島アントラーズへの想いを語ったジョルジーニョ photo by Kiyomi Fujiwara2025年12月にブラジルでインタビューに応じ、鹿島アントラーズへの想いを語ったジョルジーニョ photo by Kiyomi Fujiwara

――2025年、あなたの古巣である鹿島アントラーズが、9年ぶり9度目のJリーグ優勝を達成しました。

「まずは鹿島のみんな、おめでとう! このタイトルを、とても幸せに思っているよ。特に監督は僕の友達だからね。現役時代、一緒にプレーしたオニキ(鬼木達)だ。彼はすでに川崎フロンターレの監督として、多くのタイトルを獲得していて、鹿島に来てからも、再び勝つための仕事をしたんだ。

 そして一丸となって戦った選手たち、スタッフ、フロント、そしてサポーターは、この優勝のために1年間、どれだけ全力を注いで戦い抜いたことだろう。鹿島の名は日本の頂点に立ち続け、アントラーズファミリーは勝者であり続けている。日本最多のリーグタイトル数を持つクラブの誇りを賭けて戦ったみんなのおかげだ。アリガトウゴザイマシタ!」

――鬼木監督が鹿島でプレーしていたことは、指導者としての仕事によい影響があったと思いますか? フロンターレでは一時期、元鹿島の選手たちが何人も技術スタッフとして仕事をして、結果を出していました。

「現役時代に多くを学ぶことができたのが、成功の秘訣のひとつだと思う。ジーコとエドゥが僕を1995年に鹿島に呼んだのも、それが大きな目的のひとつだった。僕らが日本人選手たちに経験を伝えること。それは長年、鹿島で継続的に行われてきたことだ。

 歴代の監督たちから学ぶことも多かったはずだ。エドゥ、ジョアン・カルロス、オズワルド・オリヴェイラ、トニーニョ・セレーゾ、ゼ・マリオ......。誰もが勝者だ。そして彼らはいつもピッチ上の問題について、選手が議論に参加するよう配慮していた。

 オニキは鹿島での現役時代、ベンチスタートが多かったから、多分、ベンチに伝わる情報や、監督とスタッフの会話、交代する選手への指示の方法なども貪欲に吸収したはずだ。その彼の姿勢も、学びを豊かにしたのだと思うよ。

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