【Jリーグ連載】東京ヴェルディユースのプレミアリーグからの降格...横山暁之はどう見ていたか (2ページ目)
そのなかで僕は、中学、高校とほとんど試合に絡めなかった。やっぱりサッカーが中心の世界なので、試合に出ている選手がサッカー以外の時間でも中心にいるような感じで、僕はそのチームが作っている雰囲気の中心ではなく、端っこにいるような存在だったので......、めちゃくちゃ楽しかったなっていう感じではなかったですね」
練習が厳しいとか、ついていけないとか、そういう話ではない。横山自身の言葉を借りれば、「ウェルディがどうこうっていうよりかは、単純に自分自身の問題。自分の価値を感じられないっていうのが大きかった」のである。
「周りにはすばらしい選手がたくさんいて、ポテンシャルにあふれている多くの選手たちのなかで、自分は口ではプロサッカー選手になりたいって言っているけど、どこかそれに行動がともなっていなくて......。本当、口だけ達者だったなって思います(苦笑)。
周りから見たら、『おまえ、本当にプロになるために行動しているのか』って思われるような、そういう状況だったと僕自身思いますし、もがいていたような時間でした」
アカデミー時代の同期には、のちにユースチームからのトップ昇格を勝ち取る中野雅臣や三竿健斗(現鹿島アントラーズ)らがいたが、「雅臣も健斗ももう全然、(自分の)比較対象にもならないくらいな感じでした」。
とはいえ、ヴェルディのアカデミーが長年軸に据えてきた技術重視のスタイルは、自分に「めちゃくちゃ合っていたと思います」。
「僕なんかがヴェルディを語ることが、はたして正しいのかどうかわからないですけど......、ただ、中学から高校に上がる時も、僕はほとんど試合に出ていない状況でユースに上げてもらえた。それはやっぱり自分のプレースタイルのなかにどこかヴェルディらしさがあって、それを評価してもらえたのかなっていうのはありました。
僕はフィジカル的にすごく弱い選手だったので、たぶん他のクラブだったら消えていくような、そういう選手の代表例なのかなって思います。あの(ヴェルディ独特の)世界のなかだから生きてこられたのかなっていうのは、確かにありますね」
ユースチームの最上級生となった2014年、横山のプレミアリーグ出場記録は、全18試合中9試合。そのうち先発出場は、わずか2試合にすぎない。
さしたる記憶が残っていないのも無理はなかった。
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