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壮絶な高校生活を送った岡野雅行が語る部活動「ウソがない仲間ができるっていうのがいいところ」 (2ページ目)

  • 浅田真樹●取材・構成 text by Asada Masaki

 サッカー部を作ってよかったって思いますし、部活は本当にすばらしい!

 みんなで同じ目標に向かって、同じ練習をして、同じ苦労を味わって。ときには泣いてしまうこともあるけど、そんなときには、みんなで助け合うわけじゃないですか。誰かに文句を言ったりすることもあるけど、そこにウソはないし、勝っても負けても全員の責任。その一体感は、部活でしか味わえない。

 やっぱり苦しい思いをするからいいんじゃないですか、部活って。それがあるから、また仲間の絆がギュッと強まる。

 アイツが頑張っているから、オレも負けていられない、みたいな気持ちになるのは、部活を通じて教わっていることなんじゃないですかね、無意識のうちに、勝手に。

 最近は、僕らの時代なんかとは比べるものにならないぐらい暑いなかで活動しなければいけないから、特に屋外スポーツは本当に大変だと思います。

 でも、新型コロナウィルスが蔓延していた数年前を思い出すと、部活をしたくてもできなかった。うちの娘もテニス部でしたけど、活動できずにいるのを見ていましたから。

 そういうやりたくてもやれなかった子たちの気持ちを考えれば、暑くて大変だとは思うけど、部活ができていることに感謝して、幸せに思ったほうがいいのかもしれない。

 今が当たり前だとは思わないでね、とは思います。

 もちろん、誰もが部活をやるべきだって強制するつもりはないし、やりたくなければやらなくてもいい。

 ただ、少しでもやってみたい気持ちがあるなら、一回やってみるのはすごく大事なことだと思います。ウソがない仲間ができるっていうのは、部活のいいところだと思うし、それは運動部に限らず、きっと文化部でも同じですよね。

 だって、みんなで何かの目標を決めて、それに向かって進んでいるときが一番楽しいじゃないですか。道の途中で、必死にもがいているのが楽しいんですよ。

 そういうのをひとりじゃなくて、みんなで共有できるっていうすばらしさが、部活のよさ。僕はそう思っています。

(おわり)

岡野雅行(おかの・まさゆき)
1972年7月25日生まれ。神奈川県出身。松江日大高を卒業後、日本大学に進学。1994年、大学を中退し浦和レッズ入り。快速FWとして1年目から活躍。1995年には日本代表に選出され、1997年のW杯予選アジア第3代表決定戦ではVゴールを決めて日本を初のW杯出場に導いた。1998年フランスW杯では第2戦のクロアチア戦で途中出場。その後も浦和で奮闘し、2001年にヴィッセル神戸に期限付き移籍。2002年に完全移籍したあと、2004年には完全移籍で浦和に復帰。2009年2月には香港リーグの天水圍飛馬に移籍し、同年8月には当時JFLのガイナーレ鳥取に移籍した。2013シーズンを最後に現役引退。以降、同クラブのゼネラルマネジャー、代表取締役GMなどを歴任し、2024年12月に南葛SC事業本部長に就任。2025年1月には古巣・浦和のブランドアンバサダーにも就任した。

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