ガンバ・倉田秋を突き動かす原動力「『キャリアが終わるんじゃないか』――その怖さが今も自分のなかにある」 (2ページ目)
それでも、シーズン終盤には戦列に戻って攻撃を加速させ、どこよりも早くJ1昇格を確定させる。当時のJ2リーグでは史上最多の99得点をマークした攻撃力はもちろん、長谷川監督によって整備された守備は、J1リーグでの躍動を確信させるものだった。
ところが、2年ぶりに復帰した2014年のJ1リーグでは序盤、チームはもとより、倉田自身も苦しい戦いを強いられた。ケガから復帰して以降、自身に感じていたプレーの違和感は年が明けても拭えず、「何かが違う」と思いながらピッチに立つ時間が続く。一方、チームも勝ちあぐね、ワールドカップ開催による中断期間に突入した第14節終了時点の順位は降格圏の16位。出遅れは否めなかった。
そうした状況を一変させたのは、中断期間後、約2カ月ぶりにJ1リーグが再開してからだ。第15節のヴァンフォーレ甲府戦を機に5連勝で勢いに乗ったガンバは、その後も7連勝を挙げるなど破竹の勢いを示して上位争いに名乗りを上げる。倉田も主軸のひとりとして、右肩上がりの戦いを続けるチームを加速させ、Jリーグ史上初めてとなるJ1復帰イヤーでの三冠(リーグ、カップ、天皇杯)達成に貢献した。だが、シーズンを終えて倉田の胸に渦巻いたのは「悔しさ」だったという。
「タイトルの喜びとか、本来ガンバがいるべき場所に戻れた安堵感はありました。けど一方で、個人的にはシーズン終盤は途中出場が続いたので。そういう意味では、思うようなプレーができなかった前半戦を含め、自分に対する悔しい気持ちを持ち続けたシーズンだったな、と。
ただ、それを晴らすにはピッチで活躍するしかないと自分に矢印を向けて戦い、あらためて"先発"に執着を持てたことは、のちのキャリアにつながるものになった。......いや、今はそう思えるけど、当時はただただ悔しかったかな(苦笑)。でもその感情がまた自分の気持ちを燃やすものになったのは間違いないと思う」
昔も今も変わらず、"悔しさ"を反骨心に這い上がってきた倉田らしい言葉。その決意は、2015年の開幕戦からプレーで表現され、前線で躍動した彼は同年7月、東アジアカップ2015を戦う日本代表に初選出される。その経験を含め、2017年に再び選出されたなかで得た刺激は、自分の"今"を知り、さらなる成長を求める時間になった。
「決して長い期間、選ばれていたわけではなかったけど、練習を含め代表のレベルを肌身で感じることで考えさせられることも多かったです。中・高校生時代も、世代別代表に行くたびに、なんとなくひと回り成長できたような気になったけど、それとは比べものにならんくらい、自分がグッと引き上げられる感覚もあった。特に2017年は海外組も多かったので刺激だらけでした。
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