文武両道WEリーガー・後藤若葉が有意義だったと実感する小学生時代の勉強習慣 「母が漢字の単語帳を作ってくれた」 (3ページ目)

  • text by Sportiva

――大学時代の自分は、入学時に描いた思いをそのまま体現できましたか。

 学びたかったことを学びながら、サッカーでは2年生の時に日本一を獲れました。3年生の時にケガをしてしまいましたが、その1年間で人として成長できたかなと思っています。4年生の時には主将をやらせてもらい、「誇闘(こどう)」をスローガンとして掲げてやってきましたが、そのなかで先輩たちから受け継いだ思いや誇りを伝えていくことができました。

 それから私は早稲田に関わらず、大学サッカーに興味を持ってもらいたいとも思っていましたので、4年生の時にアジア競技大会に日本の大学生から唯一選んでいただいて優勝できたのはよかったです。これでひとりでも多くの人が、大学サッカーに興味を持ってくれればうれしいなと思っていました。

――早稲田で掲げた「誇闘」を、後輩たちにどのように継承していったのでしょうか。

 私たち4年生は3年間積み上げてきたものがあって、誇りがどんなことなのかは理解していました。ただ誇りは抽象的なので、伝えるのが難しかったです。最初は結果がついてこなくて、苦しい時期もありましたが、誇りを持つために、日々の挨拶をしっかりするとか、ミスへの対処とか、本当に小さなことから積み上げていって、最後には全員が誇りをもって戦えたと思います。最後のインカレは優勝できませんでしたが、決勝の舞台に立てたことは、全員が積み上げてきたものがあったからこそできたと思っています。

――人としての成長はどのような部分ですか。

 メニーナの時には自分のプレーに集中していましたが、大学になってチームのためにと考えられるようになりました。自分の意見を言うだけではなくて、相手の意見を聞き、そのうえで相手のよさを引き出すためにどうしたらいいのか考えました。そんなことを高校の時に考えていなかったなと思い返すことが結構ありました。

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