ケニア難民キャンプからオーストラリアに移住 J1新潟のトーマス・デンは「サッカーで人生が好転」した (2ページ目)

  • 井川洋一●取材・文 text by Igawa Yoichi

【憧れはイニエスタ】

 物心ついた時には、足下にボールがあったという。ケニアの大地の上で始まった兄たちと球を追う日々は、オーストラリアに移ってからも続いた。そして7歳の時に、兄のピーター(元南スーダン代表DF)とアデレードのクラブに入り、本格的に競技としてプレーするようになっていった。

「僕のフットボール・ジャーニーは、そこから始まった」とトーマス・デンは続ける。「バルセロナの大ファンだったから、ロナウジーニョや(アンドレス・)イニエスタに憧れていた。生活は大変だったけど、いつもワクワクしながら、彼らのプレーを見ていたよ」。

 バルセロナのスター選手たちの姿を観ていれば、ひとときでも色々なことを忘れられたのかもしれない。いつしか彼のなかにはフットボールへの愛情が芽生え、パフォーマンスの向上とともにそれは大きくなっていった。その気持ちを糧にして、のちに移ったメルボルンでプロになる夢を叶えた。トーマス・デンが18歳の時だった。

「メルボルン・ヴィクトリーでの最初のシーズン、僕は確か13試合に出場した」と言う彼は、自らの過去の記録を正確に記憶している。

「次のシーズンには、オランダのPSVアイントホーフェンに期限付きで加入するチャンスをもらった。残念ながらうまくいかなかったけど、そこにはビッグネームもいて、彼らとの日々は刺激的だったよ」

 アヤックスに次ぐ21回の国内リーグ優勝回数を誇るオランダの名門ではリザーブチームに入り、当時コーチを務めていたルート・ファン・ニステルローイの指導を受け、今はアーセナルで活躍するウクライナ代表主将オレクサンドル・ジンチェンコと同時にピッチに立ったりもした。結局、オランダ2部リーグでは5試合にしか出場できなかったが、メルボルン・ヴィクトリーに戻ってからも、前を見てトレーニングに励んだ。

 翌2017-18シーズンには、Aリーグ初得点を記録し、チームの4度目のリーグファイナルズ優勝にも貢献。初出場したAFCチャンピオンズリーグでは、ライトバックとして川崎フロンターレとのホーム&アウェーの2試合に出場し、次のシーズンにはサンフレッチェ広島と対戦した。

 また東京オリンピックを目指した世代別のオーストラリア代表チームにも名を連ねるようになり、他国のスカウトからも徐々に注目を集めるようになっていった。

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