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元J1クラブがなかなか抜け出せない下位リーグ「沼」の正体 響き渡る怒号 (3ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki

【転落したクラブの宿命】

 たしかな希望もあった。多くの選手はキャリアハイに等しい活躍を遂げ、小松蓮はJ3得点王だ。

「小松は(レノファ)山口へのレンタルでうまくいかず、初めてのJ3でも結果を残せず、危機感を持った。食事から筋トレから自分で変えた。山口で一緒にやった時とは別人。いい選手だと思っていたけど、危機感で変わった。今回は、ここから這い上がる、というチャレンジャーの気持ちで矢印が上に向いていた」

 小松は、矢印が上に向いた理想的選手だった。

 しかし結局、松本は奈良に0-1と敗れ、9位が確定した。何度もゴールに迫ってPKまで奪いながら外し、来季もJ3だ。

 試合後のセレモニーは晒し者同然だった。

「伝わってこねぇよ、言葉だけなら何とでも言えるぞ!」

 社長や監督の挨拶に厳しい怒号が飛ぶ。冷えた空気は肌を刺すようだった。

「今はみなさんを納得させられる言葉が見つかりません。選手にできることは、ピッチに立って結果を残すことで、今の胸の痛みを忘れず、納得させられる結果を出します!」

 主将である安東輝がそう言うと、スタンドから拍手が送られたが、悶々とした空気は残った。

 そのストレスの正体は何だったのか。

 かつて松本は反町康治監督に率いられ、J1を舞台に戦った記憶がある。"あのサッカーをしたら、輝かしい場所へ戻れる"。そんな幻想は今も残る。しかし、そのころからサッカーは確実に進歩し、当時のような人海戦術とセットプレーでは厳しい。何よりJ1ではいつも返り討ちに遭い、限界を示していたからこそ、舵を切ったのだ。

 強いチームになるには、仕組みを整え、ボールを捨てず、ふさわしい選手を配置し、トレーニングで鍛え、試合を乗り越えるしかない。しかし幻想に引きずられる。それも沼の引力か。転落クラブは、過去とも対峙しなければならない。

「来季はメンタル面の矢印を上に向けていく。ギラギラ感。その点で、人を変える必要もあります。今シーズンでやるサッカーは決まったから、できる選手に声をかける、その効率化は図れるはず。できるようになったことも多く、希望がなかったわけではない。いいチームではなく、強いチームに」

 来季も続投になった霜田監督の言葉である。

  

著者プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

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