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柏レイソルひと筋20年の男はどんな選手だったのか。大谷秀和が語った「ピッチの指揮官」の極意 (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by AFLO

「ボランチは動きすぎてはいけない」

 繰り返すが、大谷の視点は司令官のようで、いつも戦略的だった。チーム全体をどう動かすか、ひとりひとりの選手の振る舞いはどうか、何が足りて、何が足りていないのか、お互いをどう結びけたら爆発的な力を出せるか。すべてを見極め、判断し、私心なく集団を率いることができた。

「欲を出さない、もしくは隠せること。それがボランチの条件だと思います」

 大谷はそう語っていたが、ボランチというポジションは天職だったのだろう。

「ボランチは真ん中のポジションにいる以上、みんなをサポートするのが仕事だと思います。リスク管理するのは当然だし、基本的にポジションはボールの後ろであるべき。ポジションを捨てるときは、サプライズですね。自分が行くことで相手にスペースを突かれるわけですから、行く判断、行かない判断が大事になります」

 大谷は「チームの勝利」で際立つボランチだった。華麗なサイドチェンジや強引な攻め上がりやインターセプトの回数で目立つのは、流儀ではない。チームを動かせばもっと楽に勝てる、というアプローチを貫いた。実際、国内の主要タイトルを総なめにした。Jリーグ、天皇杯、ナビスコカップ(現行のルヴァンカップ)、ゼロックス・スーパーカップで頂点に立っている。

 積み重ねた勝利にこそ、ピッチの指揮官である大谷の真実が映る。

「ボランチは動きすぎてはいけないんです。動きすぎると、ボランチ同士の距離が広がったり、近づきすぎてしまったり、相手にスペースを与える。そうなると、全体でポジションを修正しないといけなくなってしまう。それは無駄な動きになるんです。勝負では、その効率の部分が大事になりますよね」

 ボランチに華やかさを求めるのは正しくない。それは浮ついたプレーにつながり、チームの勝利につながらないからだ。

 日本代表が一度も大谷を選ばなかったことは、恥ずべき不明だろう。フル代表どころか、五輪代表、ユース代表にすら選んでいない。長谷部誠、遠藤保仁に比肩した実力の持ち主だったはずなのだ。

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