2022.07.27

長年点をとり続けるピーター・ウタカが考えるストライカー像。「ひらめきを感じ、即興的にプレーする必要がある」

  • 井川洋一●取材・文 text by Igawa Yoichi
  • photo by Getty Images

Why JAPAN? 私が日本でプレーする理由

京都サンガF.C. ピーター・ウタカ インタビュー 中編

前編「ウタカが語る日本とJリーグ」はこちら>>
後編「ウタカのお団子ヘアの秘密」はこちら>>

2015年に初めてJリーグに来て以来、日本での「すばらしい生活」を続けているという京都サンガF.C.のピーター・ウタカ。インタビュー中編では、ストライカーとしてプレーするようになった経緯や、FWとしての彼の考えを聞いた。

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プロになる前に、得点力を磨いたというピーター・ウタカプロになる前に、得点力を磨いたというピーター・ウタカ この記事に関連する写真を見る

参考にしたのはブラジルのロナウド

「ナイジェリアでは、子どもが生まれて歩くようになったら、すぐにボールを渡されるんだ。僕の母国では、フットボールが絶対的なナンバーワンスポーツだからね。そんなわけで、自分がフットボールを始めた頃のことは覚えていないよ(笑)」

 ピーター・ウタカはそう言って、また朗らかに笑った。そんなふうに自然にボールと戯れるようになると、物心がつく頃には、兄のジョンと毎日、1対1やドリブルの競争に明け暮れたという。

「ジョンがいたからこそ、僕はプロのフットボーラーになれたんだ。小さい頃から、いつも彼とボールを蹴っていたけど、ほぼすべてにおいて、僕に勝ち目はなかった。兄は強くて速く、ボールテクニックにも秀でていた。だから僕としては、唯一、ジョンに勝てるのは得点力だと考え、そこを磨いていったんだ」

 決定力を高める上で参考にした選手は、元ブラジル代表のロナウドだという。2002年の日韓W杯でセレソンの優勝に大きく貢献したレジェンドは、ウタカにとって、兄のジョンの次に影響を受けた選手だ。

「彼は完璧なストライカーだった。曲芸のようなフェイントはせず、すさまじいスピードのドリブルで常にゴールを目指し、いとも簡単にネットを揺らしていた。左右両足と頭から、質の高いフィニッシュでね」

 ウタカは元々、ウイングを主戦場としていたが、2008年に移籍したデンマークのオーデンセでラルス・オルセン監督からセンターフォワードにコンバートされ、得点力が開花した。2009-10シーズンにはキャリア初の1部リーグ得点王となり、その1年半後には中国の大連阿爾濱足球倶楽部に高額で迎えられた。そこから3年後に、「アジア最高のリーグに挑戦するために」清水エスパルスからのオファーを承諾した。