2021.11.27

鹿島アントラーズ・小泉社長が考える地域貢献とIT施策のスタジアム活用法。「大きなラボとして、近未来を見せることができる」

  • 寺野典子●文 text by Terano Noriko
  • photo by Kyodo News

短期連載:「鹿島アントラーズの30年」
第3回:「小泉文明が語るノンフットボールビジネスの正体」
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 今年創設30年目を迎えた鹿島アントラーズ。Jリーグの中でも「すべては勝利のために」を哲学に、数々のタイトルを獲得、唯一無二のクラブとして存在感を放っている。

 その節目となる年にあたり、クラブの歴史を独自の目で追った単行本『頂はいつも遠くに 鹿島アントラーズの30年』が発売された。それを記念し、本の内容を一部再構成・再編集したものを4回にわけてお届けする。

 第3回は「小泉文明が語るノンフットボールビジネスの正体」。

2019年に新社長に就任し、会見を行なった小泉氏2019年に新社長に就任し、会見を行なった小泉氏  先ごろ、ミクシィがFC東京の運営会社である東京フットボールクラブの株式の51.3%を保有することで、経営権を獲得したことが報じられた。FC町田ゼルビアのサイバーエージェント、鹿島アントラーズのメルカリに続く、IT企業のJクラブ経営ということになる。

 2019年夏、日本製鉄およびその子会社が保有するクラブの株のうち、61.6%がメルカリに譲渡され、8月鹿島アントラーズの社長に就任したのが小泉文明だ。

 大和証券SMBC(現 大和証券株式会社)に就職して以降、ミクシィの取締役を務め、2013年にメルカリに入社し、2017年に取締役社長兼COOとなった小泉にとって、実は鹿島は特別なクラブだった。そこは他のIT企業と大きく異なる点だろう。

 小泉の父親は鹿島がホームタウンとする鹿行地域出身で、1993年にはカシマスタジアムのこけら落としとなった親善試合、ペプシカップの対フルミネンセ戦を観戦して以降、鹿島アントラーズのファンとなった。小泉が中学1年生のころだったという。その後、帰省するたび、鹿島アントラーズ誕生によって、鹿行地域やそこに住む人たちが変わっていく様を目の当たりにしてきた。工業地帯として発展したものの娯楽も少なかった町に新しい潤いが生まれたことを。

 社会人となり、前記したようにスタートアップ企業に関わり多忙のため足が遠のいていたスタジアムに足を運ぶきっかけとなったのが、柴崎岳との出会いだった。彼の誘いでカシマスタジアムへ行き、クラブ幹部と出会い、メルカリは鹿島のスポンサーとなった。そして、経営権の譲渡をきっかけにクラブの社長に就任。小泉は鹿島の社長になることを目標に生きてきたわけではないものの、ファン、サポーターとして感慨深い想いがあった。