2018.07.21

熊谷浩二は鹿島入団をすぐ後悔した。
「ここに来なければよかった」

  • 寺野典子●文 text by Terano Noriko
  • 井坂英樹●写真 photo by Isaka Hideki

遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(21)
熊谷浩二 前編


遠藤康の証言から読む>>

 7月18日、ヤマハスタジアム。W杯のために中断していたJリーグ再開となったこの試合には、平日のナイターにもかかわらず13000人あまりの人たちが足を運んだ。昨季最終節、優勝を阻まれたジュビロ磐田との1戦。三竿健斗は「再開初戦がここでの試合というのは、いい巡り合わせ」と話している。先制点を許しながらも、ゲームを支配し、流れを引き寄せるような巧みな戦いができた。しかし、ベルギーへ移籍した植田直通、体調不良の昌子源を欠いた最終ラインは、一瞬のつきを突かれるように3失点を喫している。逆転を許した2-3から、土居聖真が同点弾を決める粘り強さで意地は見せたものの、13位に後退したリーグ戦の苦境は続く。

 それでも、平均年齢25.45歳という若い先発メンバーたちは、自分たちのサッカーへの手ごたえを感じているようだった。この試合で1ゴールの安部裕葵は、現在の自分の立場を次のように語った。

「自分のコンディションのいい悪いという波はまだ多少あると思います。今はとてもいい感じでやれている。だけど、常に練習からコツコツ積み上げていくことが大事だと意識している。それを意識させてくれているのが、このチームのいいところだと思います。伝統のある鹿島というチームの一員になるという自覚は、高校卒業のころから持っています。そして、このチームで1年半が過ぎて、時間が経てば経つほど、自分はとても幸せな環境にいるんだなと、思う」
 
 ジーコ氏のテクニカルアドバイザー就任が発表されたばかり。鈴木満強化部長は「1ランク上を目指すうえでジーコの力が必要だ」とその理由を語っている。アントラーズを支えるジーコスピリッツの再確認という意識もあるだろう。しかし、同時に「変わらなくちゃいけない部分もある」とも話した。

 まさに、温故知新の夏が始まるのだろう。

 鈴木優磨や町田浩樹、田中稔也など現在トップチームで活躍する若手選手たちをトップチームへ送り出したのが、2014年からユースチームを率いる熊谷浩二監督だ。

選手当時は「ただ必死だった」と語る熊谷浩二 2000年、三冠達成時のレギュラーメンバーでもある熊谷監督だが、青森県三本木農業高校時代には、高校選手権出場経験もなかった無名選手だった。

 1年目のリーグ戦出場11試合。U-20日本代表として世界大会にも出場する活躍を見せたものの、2年目からの4シーズンのリーグ戦出場数はいずれも一桁。長きに渡り、不遇時代を過ごした。