永井秀樹の育成。「天才といわれ、3年後に消える選手にしたくない」 (2ページ目)

  • 会津泰成●文・撮影 text&photo by Aizu Yasunari

 それは例えば、世界のトップレベルの国、選手を相手にして戦うためには、僕ら日本人はどういうサッカーが必要なのか、ということ。組織として戦うことによって、自分たちよりもフィジカルに優れたチームにも勝てる、ということ。ユースの選手相手にも『(永井監督は)世界基準で教えようとしているのだ』と思いました」

 谷口は、世代別の日本代表にも名を連ねるなど高い評価を得ていたが、今回のトップ昇格は見送られた。今後は大学に進学し、大学のサッカー部で自分に足りないものは何か、プロになるためには何が必要かを考えて、自らを磨いていく。無論、そこでは永井の教えも胸に刻んで、4年後のプロ入りを目指すことになる。

 谷口とコンビを組んでいたセンターバックの羽生識(はにゅう・しき/3年)も、永井の指導のもと、大きく成長した選手のひとりだ。

「基本はセンターバックですが、ひとつのポジションにこだわらず、さまざまなポジションを経験する機会をいただいたことで、プレーヤーとして幅が広がりました。相手の縦パスに対するインターセプトや逆サイドへのロングボールなど、プレーひとつひとつに対する意識、こだわりが持てるようになりました」

 羽生について言えば、シーズン当初の試合では基本に忠実で献身的なプレーが目につく一方で、ここ一番での思い切りのなさ、というものが感じられた。しかし、シーズン終盤の試合では迷いなく的確にポジションを取って、ゲーム作りに貢献する姿が際立つようになった。自信にあふれた顔つきや、堂々とプレーするその姿は、春先とは明らかに別人だった。

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