2014.01.29

給料はセレッソでなく日本政府が? 珍説も出たフォルラン移籍の舞台裏

  • 三村高之●文・写真 text & photo by Mimura Takayuki

 Jリーグに久々の超大物がやってくる。2010年南アフリカW杯でウルグアイ代表をベスト4に導き、MVPとなったディエゴ・フォルランのセレッソ大阪入りが決まった。

セレッソ大阪移籍が決まったウルグアイ代表ディエゴ・フォルラン 母方の祖父と父親も元代表選手というサラブレッドで、107回を数える代表キャップは同国最多。2011年のコパ・アメリカ優勝により、三代続けての南米王者という記録も作った。まさにウルグアイの”顔”ともいうべきフォルランだが、プロとして母国でプレイしたことはない。

 ユース時代はウルグアイのペニャロールとダヌビオで育ったが、アルゼンチンのインデペンディエンテに移籍して18歳でプロデビュー。3年目、4年目でゴールを量産し、「赤い悪魔(インデペンディエンテの愛称)の金髪ストライカー」として脚光を浴びた。しかし、当時はスピードだけが頼りという感じがして、生のプレイを何度も見ていた筆者には、彼が後にこれほど大成するとは思えなかった。

 フォルランの才能が本当に開花するのは、2002年にマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)へ移籍してファーガソン監督の指導を受けてからだ。当初は別のクラブと契約するはずだったが、飛行機に乗っている間に移籍先がマンUに変わっていたというエピソードが残っている。