サッカー日本代表の新戦力を福田正博がチェック「次のチャンスが与えられる爪痕は残した」 (3ページ目)
【谷村海那の代表ストーリーは始まったばかり】
FWでは28歳にして代表初招集となった谷村海那に注目していた。今季はJリーグで得点ランキング3位タイにつける(第8節終了時)活躍を見せている谷村の実力が、日本代表でどれだけ発揮できるかを楽しみにしていた。
ベネズエラ戦の後半36分から出場して日本代表デビューし、続くエクアドル戦ではスタメン出場。1トップの谷村以外は日本代表の主軸というメンバー構成だったが、谷村にとってはゲームの流れが難しい展開になってしまった。
日本代表の攻撃はサイドに起点をつくってからの展開が多く、谷村がJリーグで見せるような中央でボールを収めて起点になったり、ボックス内でシュートに持ち込んだりというプレーがあまりできなかった。
初めて組むメンバーのなかで、お互いの特徴やボールが出るタイミングを完全に理解し合うまでの難しさもあったのだろう。谷村も周囲の選手たちもタイミングを合わせようとしすぎるあまり、余計にズレてしまったように見受けられた。それでもいい形でボールを受けた時にシュートまで持ち込んだのはポジティブな材料だった。
だが、上田綺世と比べれば物足りない面が目立ったのは事実だ。上田だけではなく、ウルグアイ戦で1トップに起用された前田大然も、前線でしっかりボールを収めていた。前田は谷村と同じ28歳で、あれほど足もとの技術を高めているとなれば、谷村が日本代表に割って入るには磨くべき課題が少なくない。
1トップとして出場する以上、厳しい状況のなかでも前線でボールを収めることや、相手DFラインを下げさせるアクションを起こすプレーが求められる。今後はそうした面で存在感を示してほしい。
JFLからキャリアをスタートして日本代表にまで駆け上がった彼のストーリーには夢がある。ただ、その物語はまだ始まったばかりだ。日本代表という特有の空気感を味わい、さらに成長する糧を得たはずだ。課題に向き合って成長を続ければ、再び招集されるチャンスはあるはずだ。日本代表の戦力となって、谷村の物語がさらに壮大なものへと昇華することを期待している。
>>後編「サッカー日本代表、新たな主力へ台頭したDFとは?」
著者プロフィール

福田正博 (ふくだ・まさひろ)
1966年12月27日生まれ。神奈川県出身。中央大学卒業後、1989年に三菱(現浦和レッズ)に入団。Jリーグスタート時から浦和の中心選手として活躍した「ミスター・レッズ」。1995年に50試合で32ゴールを挙げ、日本人初のJリーグ得点王。Jリーグ通算228試合、93得点。日本代表では、45試合で9ゴールを記録。2002年に現役引退後、解説者として各種メディアで活動。2008~10年は浦和のコーチも務めている。
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