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70歳を迎えたジーコが振り返る、ジーコジャパンで「最もエモーショナルだった」試合 強い日本代表はあの試合から始まった (3ページ目)

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

【2006年のドイツ戦後、私は選手たちにこう言った】

 2006年W杯直前のテストマッチ。鹿島アントラーズでの数々の重要な試合は別として、あのドイツ戦は私の日本時代のなかで最もエモーショナルで重要な試合だった。肌が泡立ち、心臓は高鳴り、サポーターの熱い声援を受け、日本のすべてが私にかかっているのを感じた。

 ドイツはほぼレギュラーメンバーだった。ミヒャエル・バラック、ルーカス・ポドルスキ、バスティアン・シュバインシュタイガー、ミロスラフ・クローゼも、イェンス・レーマンもいた。一方、我々は長旅のあとでかなり疲れていたのは確かだ。だが、ピッチを支配したのは日本だった。並みいるスターたちよりも高原直泰のほうがいいプレーをし、彼の2点で試合をリードした。

 勝ちきることができなかったのは、タイムアップ15分近く前に、たて続けにゴールを奪われてしまったからだ。シュバインシュタイガーらに日本の選手ふたりを傷つけられたことも痛かった。だが、ドイツは日本と引き分けに持ち込むため、かなりの苦労をしたのは間違いない。

 試合前、誰もが苦しめられるのは日本のほうだと思っていたのに、その反対だったのだ。試合はほぼドイツ陣内で展開された。我々を止めるのにドイツは汚い、危険なプレーをするしかなかった。高原以外にも、中田英寿は偉大で、川口能活の守備はすばらしく、柳沢敦は安定し、落ち着いていた。坪井慶介に中村俊輔、中澤佑二、福西崇史、加地亮、三都主アレサンドロ、それから駒野友一、大黒将志......全員が大きなパーソナリティと闘志と、高い才能を持っていた。

 結局、自国開催のW杯を控えたドイツ代表との試合を、日本は2-2の引き分けで終えた。

 引き分けた2006年のドイツ戦後、私は選手たちにこう言った。

「我々は勇気を持って立ち向かった。そしてホームのドイツと五分五分の試合をすることができた」

 弱いと思われていた日本が、巨大なドイツと対等の戦いをした。我々は決して彼らにひけを取らなかった。いや、時にはドイツより上の時もあった。あの試合を見ていた人なら、日本がもう少しで勝てたかもしれないということが、よくわかったはずだ。

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