JFAアカデミー卒、J2クラブから日本代表入り。加藤聖20歳が徐々に才能を開花させた異色なキャリア (3ページ目)

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki
  • photo by AFLO

---- どこからも声がかからなかった場合に備え、大学進学も考えていましたか。

「僕は勉強が苦手なので(苦笑)。中・高と6年間勉強してきて、また4年も勉強しなくちゃいけないって......これはちょっと無理だなっていう気持ちもあったし、そこは何としてもプロへ行きたいっていうのはありました(笑)」

---- だとすると、長崎から声がかかったときの気持ちは......。

「めっちゃうれしかったです(笑)。プロには入りたかったんですけど、さすがにその......、まったく声がかからなかったら、大学も考えないといけなかったんで。高3の夏になって、大学の練習参加に行き始めたタイミングで(長崎から)声をかけてもらったので、もう(大学の練習参加は)止めて、長崎へ行くって決めました」

---- とはいえ、長崎での1年目はなかなか試合に出られませんでした。

「自分が考えていたより、簡単じゃないなって思いました。たとえばケガ人が出て、そのポジションには自分しかいなくなったとしても、ほかのポジションの選手がサイドバックをやったりして、自分には全然出場機会が回ってこない。まだ信頼を得られていなかったんだと思います。やっぱり、経験や信頼っていうものがサッカーをやっていくうえではすごく大事だなって実感しました」

---- 当時、どんな課題があったと思いますか。

「たぶん、試合に出たとしても、特に守備の面でほかの選手たちの強度についていけず、うまくプレーできなかったのかなって、今振り返ると思います」

---- ただ2年目になると、出場試合数が急増しました。何が変わったのでしょうか。

「1年目にまったく試合に出られませんでしたし、今年こそは出たいっていう強い気持ちもあったので、そこが一番大きかったのかなとは思います。あとは、1年目の最後に初めて大きなケガをして、リハビリの時にトレーナーの方に見てもらいながら、『今はサッカーができない分、体を大きくしよう』と思いました。その成果が出て、球際で1年目より強くいけるようになりました」

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