2022.06.01

28年前の日本代表監督解任劇。ファルカンは悔しさを露わにして振り返った

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

パウロ・ロベルト・ファルカンインタビュー(3)

 就任してすぐ、私たちはキリンカップでまずオーストラリアと、そしてフランスと戦った。フランスはトップクラブでエースを張るジャン・ピエール・パパン、エリック・カントナ、マルセル・デザイーなどがいる本当に強いチームだった。その後は10月のアジア大会に向けて準備したが、練習する時間も、親善試合をする時間もあまりなかった。しかし、それでも私たちはできるだけのことをした。そしてアジアカップでは、奇跡的に最強の選手をピッチにそろえることができた。

 アジア大会は準々決勝で韓国に敗れたが、それは審判が大きなミスをしたからだった。スキャンダルと言っていいほどのひどいジャッジだった。韓国の選手は我々に対しひどいファウルをしていたが、主審はそれを見て見ぬふりをし、かわりに存在しない日本のファウルを取って韓国にPKを与えた。フィジカルトレーナーのジウベルト・ティムは、私が押さえていなければピッチに飛び込みかねないほど激怒していた。こんな不当なジャッジを見たのは初めてだった。

 日本はとてもいいプレーをしていた。韓国はW杯から帰ってきたばかりの強いチームだったが、善戦していた。勝利まであと一歩だった。ただあのとんでもない審判のおかげで、すべては悪夢となってしまった。

 ティムが激高する気持ちはよくわかった。なぜならこの試合の結果が我々の人生を大きく左右することを知っていたからだ。ここで敗退したらJFAは我々の仕事に満足せず、解任するかもしれない。私自身も抗議しにピッチに入らないのには、相当な努力が必要だった。

 不当なジャッジのせいで負けた試合だったが、私としてはあの試合の日本は、歴史に残る健闘をしたと思っている。その証拠に、試合後、多くの人が私のもとにやってきて「日本は本当によく戦った。あんな強いチームに引けを取らなかった」と絶賛してくれた。勝つこともできる試合だった。

2017年、イタリアサッカー殿堂入りのセレモニーにディエゴ・マラドーナ、パオロ・ロッシらと参加(右) photo byANSA/AFLO2017年、イタリアサッカー殿堂入りのセレモニーにディエゴ・マラドーナ、パオロ・ロッシらと参加(右) photo byANSA/AFLO この記事に関連する写真を見る  しかし、結果的にはこれが日本での私の最後の試合となってしまった。私は解任され、日本を去ることになってしまった。私の契約は1年だったが、それにも満たなかった。その落胆の大きさは計り知れなかった。