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岡野雅行が選んだ自身の代表ベストゲーム。なんと「ジョホールバルの歓喜」ではなかった

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki
  • photo by Kyodo News

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日本代表「私のベストゲーム」(10)
岡野雅行編(前編)

これまでに数多くの選手たちが日本代表に選出され、W杯やW杯予選、アジアカップやコンフェデレーションズカップなど、さまざまな舞台で活躍してきた。そんな彼らにとって、自らの「ベストゲーム」とはどの試合だったのか。時を経て今、改めて聞いてみた――。

岡野雅行と言えば「ジョホールバルの歓喜」での歴史的な一発のことが真っ先に思い浮かぶが...岡野雅行と言えば「ジョホールバルの歓喜」での歴史的な一発のことが真っ先に思い浮かぶが...この記事に関連する写真を見る 国際Aマッチ25試合出場2ゴール――。

 岡野雅行が日本代表で残した通算記録である。

 ジョホールバルで歴史を動かすゴールを決めた岡野が、日本代表でわずか2ゴールしか決めていないという事実には、少々意外な印象を受ける。"あのゴール"の他には、1点しかとっていないのか、と。

 だが、それと同時に意外だったのは、岡野が選んだ自身の日本代表ベストゲームは、"じゃないほう"のゴールを決めた試合であるということだ。

 1996年8月25日、長居スタジアム。南米の強豪、ウルグアイを招いて行なわれた親善試合は、すなわち、岡野が記念すべき代表初ゴールを決めた一戦である。

 岡野の日本代表初招集は、加茂周監督時代の1995年1月。サウジアラビアで行なわれたインターコンチネンタルカップ(コンフェデレーションズカップの前身)でのことだ。

 しかし、この大会で岡野に出番はなく、その後も岡野は招集こそされるものの、出場機会は巡ってこない。そんな状態が長く続いた。

「やっぱり、選手は試合に出てナンボ。もちろん(日本代表に)選んでいただいていることには、すごくありがたいなと思っていましたけど、早く試合に出してくれればいいのにな、とは思っていました。

 それに、選手にはそれぞれタイプがありますけど、僕みたいなタイプは、たぶん僕しかいなかったと思うので。いつも客観的に試合を見ながら、ストレスを溜めていましたね(苦笑)」

 岡野が待ちに待った代表デビューを果たしたのは、初招集から半年以上が経過した1995年9月、パラグアイとの親善試合でのこと。だが、それを機に状況が大きく変化することもなく、翌年8月に行なわれたウルグアイ戦までのおよそ1年間で、岡野がピッチに立ったのは7試合に過ぎず、うち6試合が途中出場だった。

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