「もうね、終わったと思いました」。岩清水梓が明かすなでしこW杯優勝と絶望もあったその舞台裏 (4ページ目)

  • 早草紀子●取材・文・写真 text&photo by Hayakusa Noriko

 確かに、ドイツW杯を制したあと、翌年のロンドン五輪などで選手たちは自分たちに言い聞かせるように何度も「チャレンジャーとして」という言葉を使った。逆に言えば、そうなり切れない経験をしてしまったことに対する不安だったように感じる。

「あんなに攻められたドイツ戦やアメリカ戦を守り切るって、テッペンを知らないからこそ堪え切れたところもあるのかも。怖さを知れば知るほどボールを保持することの大切さを知るし、攻撃をセットで考えるほうに重点を置かなきゃいけなくなるので、守備だけにパワーを割けない。ドイツワールドカップではとにかく守備陣はビルドアップよりも相手の攻撃をどう止めるかっていう話ばかりでしたから、その先へ進む難しさはありました」

"経験"があるからこそ、失いたくないものも何として得たいものも生じてくる。W杯以降はそこを乗り越えるステップに入っていくことになった。W杯優勝が到達点はないのだ。

「だからこそ、あれだけボッコボコにやられていても必ずワンチャン来るって信じていたし、そこが強みのチームだったからこそ世界一になれたんだと思います」

 知らない強み......。W杯の決勝の舞台はそれだけでたどりつける場所ではないが、あの1カ月の経験は岩清水の選手としての考え方、その先への進み方に多大な影響を与えることになった。それだけのうねりを起こした大会であったことを改めて感じることができた。

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Profile
岩清水梓(いわしみず・あずさ)
1986年10月14日生まれ。岩手県出身。
小学1年生の頃からサッカーを始め、中学1年生でベレーザの下部組織であるNTVメニーナに入団。その後、高校2年生の時にベレーザ昇格を果たした。日本代表としてはアンダー世代代表を経て、2006年からなでしこジャパン入り。2011年W杯ドイツ大会、2012年ロンドン五輪、2015年W杯カナダ大会では不動のCBとして活躍した。現在は出産を経て復帰。今秋から始まるWEリーグでの活躍に期待がかかる。

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