2020.07.28

「グラスゴーの奇跡」も起きた。永井謙佑が語るロンドン五輪の真実

  • 佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun
  • 木鋪虎雄●撮影 photo by Kihsiku Torao

オリンピック出場がサッカー人生に与えた影響
第3回:2012年ロンドン五輪・永井謙佑(前編)

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本来であれば、2020年7月22日から8月9日の日程で開催される予定だった東京五輪。新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって、1年後に延期されることになったが、サッカー選手にとって、五輪とはどういう舞台になるのだろうか。また、五輪はその後のサッカー人生にどんな影響をもたらすのか。第3回は、2012年ロンドン五輪に出場した永井謙佑に話を聞いた――。

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 2012年に開催されたロンドン五輪。男子サッカーはスコットランドをはじめ、イギリス各地で試合が組まれた。

永井謙佑が、2012年ロンドン五輪の自らのプレーやチームの戦いを詳細に語った 日本サッカーは、日本代表が10年南アフリカワールドカップ(W杯)でベスト16に進出し、その後、アルベルト・ザッケローニが監督に就任。本田圭佑、香川真司ら主力選手が成長して非常に注目され、人気、実力共に高まっていた時代だった。

 だが、ロンドン五輪に出場したU-23日本代表チームは、アジア最終予選で苦戦した。そのためA代表への期待感や人気とは正反対に、チームへの評価、選手の知名度は低かった。グループリーグでスペイン、モロッコ、ホンジュラスら強豪国と同組になった日本は、突破は厳しいと言われていた。

 そのチームが大方の予想を覆し、ロンドン五輪で快進撃を果たすのである。

 このU-23日本代表のFWだった永井謙佑は、当時を振り返り、こう語る。

「ロンドン五輪のチームは、前評判が低くて、すぐに(日本に)帰ってくるだろうと言われていました。でも自分としては、チームはそこまで悪くないし、何が起こるかわからないと思っていました。それは南アフリカW杯での経験が大きったと思います」

 永井は南アフリカW杯の時、日本代表の練習パートナーとしてチームに帯同した。岡田武史監督率いるチームも前評判が低く、ロンドン五輪の時と同じように「グループリーグ敗退レベル」と揶揄されていた。だが、大会直前の大がかりなチーム改造が功を奏し、最後はベスト16進出という結果を残した。