2019.05.04

2011年、なでしこのW杯初優勝が
世界のサッカースタイルを変えた

  • 早草紀子●取材・文・写真 text&photo by Hayakusa Noriko

平成スポーツ名場面PLAYBACK~マイ・ベストシーン 
【2011年7月 なでしこジャパンW杯初優勝】

 歓喜、驚愕、落胆、失意、怒号、狂乱、感動……。いいことも悪いことも、さまざまな出来事があった平成のスポーツシーン。現場で取材をしたライター、ジャーナリストが、いまも強烈に印象に残っている名場面を振り返る――。

 PKが決まった瞬間、スタジアムは大歓声に包まれた。最後のPKを決めた熊谷紗希とスーパーセーブを連発した海堀あゆみを中心に、歓喜の輪が広がっていった。

キャプテンを務めた澤穂希が優勝カップを掲げた 2011年、FIFA女子ワールドカップドイツ大会決勝は、劇的な展開の連続だった。強豪アメリカに対して、前半は相手の猛攻撃をしのぎ、耐え続けた。先制は許したものの、なでしこたちは決してあきらめなかった。81分、永里優季のクロスを丸山桂里奈が中央で受け、こぼれたクリアボールを宮間あやが押し込んで同点、延長へと突入した。

 104分、アメリカに再びリードを許すも117分には、なでしこの得意とするコーナーキックで追いつくチャンスが訪れた。キッカーは宮間。そのボールは放物線を描きながら、走りこんでいた澤穂希の足元へピタリとはまり、右アウトサイドでゴール。

 そして、冒頭のPKへつながる。

 2011年、なでしこジャパンは世界一に輝いた。もちろん日本女子サッカー史上初の世界制覇である。この時のなでしこジャパンはアジアですら頂点に立ったことがなく、この世代で臨むワールドカップではグループリーグを突破したことも初めてだった。日本の女子サッカー界にとって、それほど”世界”は遠い存在だった。

「獲るなら今しかない」――当時のキャプテンであった澤は、大会前に宮間にこうこぼしていた。

 1996年アトランタオリンピック後、一気に世代交代をして若いチームとなり、そこから何度も世界に跳ね返されながら、少しずつ、そして確実に力を蓄えてきた。世代交代当時から中心にいた澤らは、すでにこの時はベテランの域。チームが爆発的に成長を遂げるタイミングとして、宮間ら若手から中堅へと成長しつつあったこの時期は完璧だった。今でこそ頷けるが、当時はこのなでしこたちに、そこまでの力が備わっているとは到底考えられなかった。