U-20日本代表のエースが久保建英に対抗心。「そこは俺でしょ」

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki, AFLO

東京五輪を目指す若きフットボーラーたち(5)
FC東京・田川亨介@前編

 東京五輪でのメダル獲得を目指すU-22日本代表の一員にして、5月に開幕するU-20ワールドカップに出場するU-20日本代表のエース、田川亨介。今シーズンは高校時代から過ごしたサガン鳥栖からFC東京へと活躍の場を変えた。自分のストロングポイントを生かせる――そう確信する首都のクラブで、プロ1年目の輝きを取り戻せるか。勝負の年を迎えたスピードスターの胸中に迫る。

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FW田川亨介(たがわ・きょうすけ)1999年2月11日、長崎県生まれ。サガン鳥栖U-18出身FW田川亨介(たがわ・きょうすけ)1999年2月11日、長崎県生まれ。サガン鳥栖U-18出身―― 髪の色がすごく派手になりましたね。心境に変化があったとか?

田川亨介(以下:田川) いえ、心境に変化があったわけではなく、もともと染めたいと思っていたんです。(昨シーズンまで所属したサガン)鳥栖ではチームの規則でダメだったので、東京に来てイメチェンした、そんな感じです(笑)。

―― 鳥栖時代、七三でピシッと分けていて、黒髪の似合う男前というイメージでした。

田川 本当ですか!? でも、あの頃はヒゲも生やしていたから、フケて見られて。だから、今年はもっと爽やかな感じでいこうかなと。

―― 髪の色は心境の変化ではなく、単なるイメージチェンジなのかもしれないけど、今年は大きな変化があったでしょう。

田川 そうですね。環境を変えました。

―― どういう想いで高校時代から過ごした鳥栖を離れ、東京に来たんですか?

田川 プロ1年目は自分でも成長したという実感があって、2年目はそれ以上の上積みを考えていたんですけど、あまりうまくいかなくて。振り返ってみれば、甘えみたいなものもあったと思うし、じゃあ、3年目はどうしようかと考えていたときに、東京から話をいただいたんです。これはチャンスだと思ったし、このチームなら自分のストロング(ポイント)を生かせるとも思って。それに、ここで環境を変えて、またイチからがんばろうっていう気持ちが強かったので、決断しました。

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