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敗因は吉田麻也ではない。日本の「要請」を果たせないザッケローニ (4ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 佐野美樹●写真 photo by Sano Miki

 香川と本田。日本の中心選手はこの2人である。相手から見れば、自軍ゴールを狙おうとする「犯人」に相当する。柿谷がこの後、どのような存在になっていくかは分からないが、彼を含めた3人が中央付近で構えている。日本の攻撃は必然、真ん中に固まる。早い段階で内に絞られる。ボールはそこにどんどん集まっていく。

 連想するのは、口の狭い容器に液体を注ぎ込む時に使う「漏斗(ろうと)」だ。最後はその管を通るので、そこさえ抑えておけば、ゴールを許すことはない。「犯人」が誰であるか、早い段階からバレバレなのだ。犯人は漏斗を必ず通過するので、相手は捕まえやすい状態にある。

 ウルグアイの2トップ、スアレスとフォルランは、誰もが知る世界的アタッカーだ。世界に指名手配されている「犯人」ながら、捕まえるのは容易ではない。ウルグアイのボール回しに立体感があるからだ。人から人というより、場所から場所なので、最後の最後に意外な角度がつきやすい。幅を広く取れば取るほど、真ん中のスペースは空き、そこに意外な形でボールが送られることになる。そこにスアレスとフォルランは現れる。犯人は分かりきっているのに、捕まえることができない。だからゴールを許すことになる。

 言い方を変えれば、真ん中の細い道に突っ込んでいき、渋滞に巻き込まれるのが日本。ウルグアイは幅を十分にとりながら前進するので、真ん中が渋滞しない。攻撃が流れる。犯人が真ん中で暴れやすい環境を、意図的に作り出そうとしている。個人能力の高さがそれに加わるわけだが、まず個人能力の話をしたがるのが日本の悪いところ。それではサッカーゲームの進め方に進歩は生まれない。

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