2013.01.22

【日本代表】齋藤学(横浜F・マリノス)「実力が伴えばブラジルは見える」

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 藤田真郷●写真 photo by Fujita Masato

1990年4月4日、神奈川県生まれ。小学生時代から横浜F・マリノスの下部組織に所属し、Jデビューは2008年。2011年、愛媛FCにレンタル移籍、14ゴールをあげ、1年でF・マリノスに復帰。ロンドン五輪代表にも選ばれた連載・ブラジルW杯を狙う刺客たち(2)~ 齋藤学(横浜F・マリノス)~後編

「すべての面でレベルを上げていけば、代表は自然と見えてくるはず」と、齋藤学は語った。メンバーが固まりつつあるザックジャパンの中へ割って入ろうとしている若きプレイヤーたちは今、何を思いながらプレイしているのか。

「サイトウはドリブル技術に冴えを見せ、とりわけエジプト戦では決定的な仕事をしていたと思う」

 ロンドン五輪において日本の試合を克明に分析したミケル・エチャリは、一定の評価を齋藤に与えている。エチャリはレアル・ソシエダで20年以上スカウト、強化部長、育成部長を経験。コバチェビッチ、シャビ・アロンソらを発掘した慧眼の持ち主だ。

「エジプト戦は相手のファウルを誘発し、退場に追い込んでいる。勝負においてジョーカーになった。ドリブルはもちろん、プレービジョン、スピード、狭いスペースでのテクニックなど基本技術は備わっている。リーガエスパニョーラでも、コンビネーションを重視するクラブなら、主にアシスト役として2部なら通用するだろう。ただ、1部でプレイするにはプレイ一つ一つがまだ軽い。力強さも身につける必要がある」

 そして齋藤学本人が誰よりも、手応えと同じぐらいの不甲斐なさを感じていた。世界との壁を感じ、「このままではいけない」と焦りが募った。ロンドンで痺(しび)れるような戦いを終えて帰国して以来、しばらく鬱々とした日々を過ごしている。「もっとやらないといけない」という身を焦がすような向上心と、「今のままでいいのか」というふわふわと地に着かない焦燥感に苛(さいな)まれていた。

 Jリーグのピッチで、理想と現実の差に身悶えしていたのだ。

「学は五輪の後、意識が遠く世界へ行ってしまったままな気がしましたね」

 そう説明したのは、F・マリノスのチームメイトで北京五輪代表候補だったDF、小林祐三である。

「たぶん、自分の力を見せようと意識しすぎていたと思うんですが、プレイにキレを欠いていました。カットインしてからのシュートはあいつの持ち味なんですけど、J1のディフェンダーは守り方も研究してきますから。武器は諸刃の剣というか、そればっかりになると読まれてしまう。あいつには『あまり堅苦しく考えず、もっと単純に縦に走って裏を狙うのもいい』と話したんですけどね」