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【日本シリーズ】打率.095、今季わずか4安打の男が主役に! ソフトバンク川村友斗、初打席で決勝アーチを放てた理由 (3ページ目)

  • 田尻耕太郎●文 text by Kotaro Tajiri

 長谷川勇也一軍打撃コーチは「シーズン中、川村はアーリーワークを皆勤で出ていた。出番が少ないなかでも、ちゃんと自分の打席が来る時のために日々練習を積んでいたというのが、技術云々以前にこのホームランが出た理由だと思います」と、その姿勢を高く評価する。

【同期の活躍を見つめ続けた日々】

 川村は、いわゆる「ザ・いい人」タイプ。劇的な本塁打を放った直後の表情やリアクションからも、やさしく穏やかで、周囲への気配りを忘れない人柄が伝わってくる。だが、その柔和な表情の奥には、プロ野球選手らしい強烈な負けず嫌いと粘り強さが隠されている。

 同期入団で同学年の正木智也は、今季大きく飛躍した選手のひとりだ。

 ふたりは大学時代、大学日本代表で同部屋になったこともあり、プロ入り後も親しい関係が続いている。川村が育成選手だった頃には、正木の車に乗せてもらい、いつも一緒に本拠地のドームへ通っていたという。

「プライベートでは、今も変わらず仲がいいです。あと山本(恵大)も同じく同期、同学年なので。そのふたりがスタメンで出ていたなか、自分は試合の途中からしか出番がなかった。そこは悔しい気持ちを持ってずっとやっていました」

 それでも、心は折れなかった。レギュラーをつかんだ同期を横目に、悔しさを抱えながらも自分にできる準備を続けてきた。代走でも、守備固めでも、やるべきことをやり続けた。

 そして巡ってきた、日本シリーズ初打席。わずかひと振りで試合を決め、横浜の夜空にアーチを描いた。

 プロ通算"2本目"のホームランが、日本シリーズの決勝弾。これ以上ない舞台で、川村友斗は自らの存在価値を証明した。伏兵のままでは終わらない。あの一発は、27歳の外野手にとって、ここから始まる逆襲の号砲なのかもしれない。

著者プロフィール

  • 田尻耕太郎

    田尻耕太郎 (たじり・こうたろう)

    1978年生まれ、熊本市出身。 法政大学で「スポーツ法政新聞」に所属。 卒業後に『月刊ホークス』の編集記者となり、2004年8月に独立。 九州・福岡を拠点に、ホークスを中心に取材活動を続け、雑誌媒体などに執筆している。

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