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湯浅京己は背番号のないユニフォームを着て甲子園練習で快投 「なぜこの投手がベンチ外なんだ?」とざわついた (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi

 夏の福島大会も安定した戦いぶりで、聖光学院は優勝する。11年連続となる甲子園出場をつかみ取った。だが、ここから監督の斎藤は大きな決断を迫られることになる。当時の甲子園のベンチ入りメンバーは18人。つまり、地方大会でベンチ入りしたメンバーのなかから2人を外さなければならなかった。

【メンバー外も甲子園練習で圧巻の投球】

 斎藤はここで湯浅をベンチから外すことに決めた。

「ほかの代なら100パーセント(ベンチに)入っていたでしょう。ほかの4人の実績に比べると、湯浅は体がついてこないんだろうなと。あとは甲子園になると、140キロ台中盤のスピードでも、三振はバタバタ取れない。ファウルが増えて球数が増えると、高めに抜けるクセがある湯浅はフォアボールが増える恐れがあった。完成度と負けにくさを考えて、湯浅を外すことにしたんです」

 湯浅にとっては、非情な通告だった。

 日頃は仲間内で「やさしい」と評されていたが、その内心では強烈な負けん気を燃やしていた。ベンチ入りメンバーから漏れた直後、湯浅はコーチの岩永にこう告げている。

「ベンチから外したことを絶対に後悔させてやるんで、見ていてください」

 負け惜しみには聞こえなかった。岩永はこの時の湯浅を克明に記憶している。

「もちろん悔しさもあるんでしょうけど、前を向いて『やってやるぞ!』という思いがあふれていました。『こいつは絶対にやる男やな』という期待感しかなかったですね」

 甲子園での初戦を控え、チームは甲子園球場で練習を行なった。湯浅は背番号のないユニフォームを身にまとい、ヘッドギアを装着して甲子園のマウンドに立った。シート打撃の打撃投手に任命されたからだ。

 湯浅は鬱屈した感情をボールに込めた。聖光学院のレギュラーを相手に、ほとんどヒット性の打球を打たれなかった。見守っていたメディアからは、「なぜこの投手がベンチ外なんだ?」という声も上がった。

 シート打撃を終えると、斎藤が湯浅にこう告げた。

「おまえをベンチに入れておけばよかったな」

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