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湯浅京己は背番号のないユニフォームを着て甲子園練習で快投 「なぜこの投手がベンチ外なんだ?」とざわついた (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi

 すでに中心投手の地位を築いていた前田秀紀は、「いつも岩永さんがつきっきりで湯浅を見ていたイメージがあります」と証言する。

「野手投げという感じではなくて、最初からふつうのピッチャーのような形で投げていました。動きにしなりがあって、ボールの質がすごくよかったです」

【高校3年春の県大会で初のベンチ入り】

 湯浅は水を得た魚のように、野球に打ち込んだ。その姿を見て、コーチの岩永は「こいつは本当に野球が好きなんやな」と実感したという。

「野球ができない時間が長すぎたせいか、めちゃくちゃ楽しそうに野球をやっていました。自主練習の時間も、仲間のロングティーのボール拾いすら楽しそうで。『やっと野球ができるようになってよかったな』と思ったのと同時に、『もう1回ケガをしたら終わりやから、慎重に見守らないと』とも思いました」

 高校3年春の県大会では、初めてベンチ入りを果たした。5月22日、あいづ球場で行なわれた春季福島大会の決勝・いわき光洋戦で湯浅は先発マウンドに上がっている。序盤から聖光学院の打線が爆発したこともあり、湯浅は余裕を持ってマウンドに上がることができたという。

「オリックスに入った園部(佳太/現オイシックス新潟)に、ホームランを打たれたのはよく覚えています。ピッチングの手応えはそんなになくて、ふつうでしたね。それよりも高校で初めて打席に入れて楽しかったです。送りバントを決めた記憶があります」

 試合中盤には、2番手として前田がリリーフのマウンドに上がった。残りイニングを前田が無失点に抑え、聖光学院が18対3で大勝した。前田は「湯浅とふたりで1試合を投げきったのは、この試合が最初で最後でした」と振り返る。

 同年の聖光学院は湯浅と前田以外にも、齋藤郁也(現バイタルネット)、平野サビィ、堀田陸斗と例年以上に投手層が厚かった。前田が「5人とも同じくらいの実力があった」と語る一方、湯浅は「ふつうにやれば負けないだろう」と自信を持っていた。

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