大野雄大の豪速球に本気で震えた日 逃げ出したい気持ちを引き留めた異次元のクロスファイヤー (4ページ目)
極上のクロスファイアーと変化球を交え、真剣勝負してくれた35球だった。
「こんなにいっぱいいっぱいで投げたのは、去年の神宮(明治神宮大会)以来ですわ。いやあ......久々に燃えました」
帽子をとった頭からほっかほかの湯気を立てながら、こちらが泣きそうになるようなことを言ってくれる。散々ビビらせておきながら、本気で勝負してくれたことがなによりもうれしかった。「ありがとうな!」と握手で感謝したら、握り返してきた握力の強かったこと......。痛えぇ......。
その後、中日に入って1年目だったか、別の取材をお願いしたら、かわいいお嬢さん同伴で、京都のホテルにやって来た。
「僕の彼女です!」
ぐっと胸を反らせるように紹介してくれた。184センチの長身が、ユニフォームの時より、もうひとつ大きく見えた。
中学軟式では、四球が止まらなくなって、泣きながら試合で投げていたという。京都外大西高、そして佛教大で人知れず、懸命に鍛え上げてきたのだろう。
「女手ひとつで、苦労しながら育ててくれたお母さんに親孝行するために続けている野球なんです」
自身を「しょうもないヤツ」と評した左腕が、こちらをまっすぐ見つめながら語ってくれたのは、今から15年前のことだ。その「しょうもないヤツ」は今年、プロ16年目のシーズンを迎えている。
「男気」という言葉が、これほど似合うヤツもいないだろう。故障も経験したが、16年間プロのマウンドで投げ続けている事実だけで十分な親孝行だ。通算100勝の節目もあと3つに迫っている。
あの日、彼の横に寄り添ってきちんとあいさつをしてくれた清楚な彼女は、今、夫人としてその歩みを支えている。
著者プロフィール
安倍昌彦 (あべ・まさひこ)
1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院野球部から、早稲田大学でも野球部に所属。雑誌『野球小僧』で「流しのブルペンキャッチャー」としてドラフト候補投手のボールを受ける活動を始める。著書に『スカウト』(日刊スポーツ出版社)『流しのブルペンキャッチャーの旅』(白夜書房)『若者が育つということ 監督と大学野球』(日刊スポーツ出版社)など。
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