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【プロ野球】篠塚和典が振り返るドラフト裏話 スカウトは指名に反対も、長嶋茂雄が「俺に任せろ」 (3ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo

【家族、周囲の反応は?】

岡田 巨人が3番目!? 監督から好きな球団を聞かれて、阪神、中日、巨人が好きですという会話があって......。

篠塚 そういう会話をしていたら、「実は巨人から話がきているんだ」と。ただ、喜べなかったんですよね。練習も当時、流行していた漫画『巨人の星』のようなキツいイメージがあったので。病気のこともあって体力面で不安がありましたし、まさかドラフト1位での指名を考えているとは思わないじゃないですか。

岡田 社会人野球に進むことが決まっていたのに、天下の巨人から声がかかったと。

篠塚 周りの人たちは「巨人から話がきてるんだから行ったほうがいいんじゃないか」となりましたね。

岡田 ちなみに、スカウトの方が学校に来たり、篠塚さんに直接コンタクトするようなことはなかったんですか?

篠塚 ないですね。以前は来ていましたけど、ドラフトが近づくにつれて離れていきました。

岡田 指名すると事前に言われていても、ほんまに指名されるんかとういう不安もありますよね。その1週間、篠塚少年の心はかなり揺れ動いたでしょう。ちなみに、ご家族の意見は?

篠塚 「行ったほうがいいんじゃないの」という感じでした。

岡田 ご家族に最初に話した時はどんな反応でした?

篠塚 親父やお袋、兄貴からも、「自分の考えで決めなさい」と言われました。

岡田 そう言いながらも、最終的にはお父様が「巨人へ行け」と?

篠塚 巨人ファンですから。

岡田 千葉県だったら、やっぱり長嶋さんのファンであり、巨人ファンですよね。

篠塚 そうですね。ユニフォームの背番号は、王さんがつけていた1番か長嶋さんがつけていた3番をみんながつけたがりましたし、銭湯に行けばロッカーは1番か3番でしたからね。

岡田 そうやって周りの意見も聞きながら、いよいよドラフト当日を迎えるわけですね。

■ミスターが自宅に来た時のエピソードなど、完全版は動画へ!>>

(中編:篠塚和典が語る、2009年のWBCをともに戦った原辰徳とイチロー 現役時代の秘話も>>)

【プロフィール】

■篠塚和典(しのづか・かずのり)

1957年7月16日生まれ、東京都出身、千葉県銚子市育ち。1975年のドラフト1位で巨人に入団し、3番などさまざまな打順で活躍。1984年、87年に首位打者を獲得するなど、主力選手としてチームの6度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。1994年を最後に現役を引退して以降は、巨人で1995年~2003年、2006年~2010年と1軍打撃コーチ、1軍守備・走塁コーチ、総合コーチを歴任。2009年WBCでは打撃コーチとして、日本代表の2連覇に貢献した。

著者プロフィール

  • 浜田哲男

    浜田哲男 (はまだ・てつお)

    千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。

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