江川卓、孤立無援のルーキーイヤー 「相手9人とこっちの8人の17人と戦っていましたから」 (2ページ目)
最初の練習でのキャッチボールをする時もそうだった。江川は気心知れている鹿取に声をかけると、「ちょっと......すみません」とバツの悪そうな顔で断られた。
「はぁ、ちょっとってなんだよ」
江川はすぐにピンときた。
「どうせ『江川とキャッチボールをするな』って言われているんだろうな」
まわりが次々とキャッチボールを始めていくなか、江川だけがひとり取り残されてしまった。壁当てでもしようかと思ったものの、多くの報道陣が壁際を埋めていて、それもできない。どうしたものかと迷っていると、西本聖が「やろうか」と声をかけてくれた。江川は心の底から安堵した。
江川は入団の経緯が経緯だけに、二軍で過ごした期間中は集合時間に遅れることなく、電話当番や戸締まり、球団旗の管理といった雑務もそつなくこなしていた。これ以上、自分の立場を不利にしたくないという思いがあったからだ。
【期待と失望が交錯したデビュー戦】
そして迎えた6月2日、後楽園球場での阪神戦で、江川はプロ入り初登板の日を迎えた。前年のドラフト前日から日本中を騒がせた江川がついに一軍のマウンドに姿を現すとあって、開門と同時にスタンドは観客であふれ返った。
衆人環視のなかで迎えた江川の初登板。その一挙手一投足が注目され、「怪物・江川」のベールがプロの舞台でついに剥がされるのかと期待が高まっていた。だがその思いとは裏腹に、猛虎打線にあっけなく打ち込まれてしまった。
結果は8回を投げ、被安打7、うち3本の本塁打を浴びるなど5失点。三振は5つにとどまった。
「勝負は時の運」とはよく言うが、江川の場合はそういうことではない。この試合で、どれほどの選手が「絶対に勝ってやろう」と心から思っていたのだろうか。もちろん、プロフェッショナルなアスリートたちに八百長まがいのことなどあるはずがない。だが、普段の試合よりも集中力がどこか途切れてしまう。そんな状況が起こり得たのも確かだ。
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