【プロ野球】平野佳寿が吉井理人から学んだ虚勢を張る大事さ 「堂々とベンチに帰ってこい!」 (3ページ目)
吉井理人は2002年オフにモントリオールエクスポズ(現・ワシントンナショナルズ)を退団し、03年にオリックスに加入して日本球界復帰。先発陣の一角を担っていた06年に平野が入団し、同僚となる。新人の平野にとって、19歳上の先輩投手から学ぶことは多かった。
「先発していた時ですけど、これはリリーフにも言えることで、一番はピッチャー交代のとき。時間かけて、上向いて、言い方悪いですけど、観客にらみつけるぐらいの感じで帰って来い。逃げるようにしてベンチに戻るのではなく、堂々と『なにが悪いんや』くらいの気持ちで帰って来いと言われました。
全員が見ているから、帰る時は。チームメイトも見ている。しょげて帰ってきたら、『こんなんやったらあかんなぁ』って思われるぞと。一緒に戦えたのは2年弱ぐらいですけど、吉井さんに出会えたこと、教えてもらったことが僕のなかで一番大きいですね。今でもその時の教えをずっと守っています」
【優勝できた事実がうれしい】
当時、吉井はプロ23年目の41歳。今年その年齢に達する平野も、2017年の時点で156セーブ、139ホールドの実績を引っ提げ、翌18年、海外FA権を行使してダイヤモンドバックスに移籍。メジャー1年目で75試合に登板し、4勝3セーブ、32ホールドと結果を残した。
日本とは違う楽しさと厳しさを感じる日々が続くなか、2019年も62試合に投げた一方で成績は下降。20年はコロナ禍の影響もあり、マリナーズでのプレーを経て、日本球界に戻ることも視野に入る。そうして21年2月にオリックスに復帰すると、再び抑えを務め、同年からのリーグ3連覇、22年の日本一に貢献した。
「アメリカで長くやろうと思っていましたけど、オリックスが声かけてくれて。そこから優勝、3回できたんで、戻ってよかったと思います。これで優勝せんかったら、『何しに帰って来た?』って思われたやろうし。プロ野球人生が終わる時も『あいつ何してたんや?』って言われると思うんで。チームに優勝をもたらすことに加われた、その事実が何よりもうれしかったですね」
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