稀代の安打製造機・高木豊が語った江川卓のストレート 「とにかくベースに近づくにつれてボールが加速してくる」 (2ページ目)
その合宿中、高木は普通じゃ考えられない場面に遭遇したのだ。
たまたまブルペンを通りかかった時だ。ちょうど江川がブルペンでのキャッチボールを終え、ピッチングを始めようとする時だ。江川は手伝いに来ていた駒澤大の1年生キャッチャーを呼び寄せ、「捕れるか?」と聞いている。仮にも、東都の名門である駒澤大に入ってくるキャッチャーに「なんて失礼なことを聞くんだろう」と訝しながら高木は見ていた。
「はい、捕れます」
その1年生キャッチャーは即答した。
仏頂面の江川はやさしい口調で「マスクだけはちゃんとつけておいてな」と言って、プレートをならし始めた。1年生キャッチャーは所定の位置に戻ってマスクをつけ、ミットをバシバシ叩く。江川はゆっくりとしたワインドアップモーションからボールを投じた。
「キュルキュルキュル、バシッ!」
空気を切り裂く江川の豪速球が、キャッチャーミットを弾く。
「やっぱり代わろう」
1年生キャッチャーはマスク越しにうなだれた様子で、先輩捕手への交代を余儀なくされた。
その一部始終を見ていた高木は、驚くというより呆気にとられた。あの発言は、よほどの自信の表われだったんだと気づいた。江川という当代きってのスターは、次元を遥かに超えた存在だった。
【ベースに近づくにつれて加速してくる】
「江川さんとの対戦成績(93打数24安打、打率.258、4本塁打、11打点)を見ると、4打席に1本はヒットを打っていることですよね。まあまあの結果じゃないですか。でも、江川さんの全盛期に打ったというのはあまり記憶になくて、ちょっと落ちてきた頃に打ったかなという感じはしますね」
抜群のバットコントロールを誇った高木に、江川の球質について尋ねてみた。
「まず球が大きく見えますよね。あとは回転がよかった。だからバットに当たっても全部弾かれて、ファウルか凡フライになる感覚はありました。ホップする感じはなかったけど、やっぱりほかの投手とは違う球質だというのは一目瞭然でした。とにかく、ベースに近づくにつれて加速してくる感じがしました。本当だったら初速と終速があって、初速のほうが絶対速いはずなのに、江川さんのボールって逆に加速してくる感じがありました」
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