なぜ度会隆輝は3年前に語った「ドラフト1位でプロに行く」目標を実現できたのか

  • 石塚隆●文 text by Ishizuka Takashi

横浜DeNAベイスターズドラフト1位
度会隆輝インタビュー(前編)

 2021年、初頭。横浜高校からENEOSに入社した当時18歳の度会隆輝は、初の練習試合の取材に集まったメディアの前で次のように宣言をした。

「3年後、絶対にドラフト1位でプロに行くんだという気持ちです」

 前年のドラフト会議で指名漏れをして、一時は絶たれたプロへの道。度会は大学へは進学をせず、3年でドラフト解禁となる社会人を選んだ。

ENEOSからドラフト1位でDeNAに入団した度会隆輝 photo by Sankei VisualENEOSからドラフト1位でDeNAに入団した度会隆輝 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る

【有言実行のドラフト1位入団】

 有言実行──度会は社会人野球で活躍し、先のドラフト会議で1位指名を受け横浜DeNAベイスターズに入団している。

「あの宣言から、もう3年ぐらい経っていると思うと、一瞬で日々が過ぎていったような感じですね」

 感慨深い表情で、度会はそう語った。

 大志を抱く若者の輝き。しかし当時、周りには懐疑的な視線があったという。

「野球を経験している方々からは、難しい道だよと言われていたんです。高卒の社会人野手が(最短で)プロに行くケースは少ないと。決して簡単じゃないよって。だからあの時、僕が3年後、ドラフト1位でプロに行くなんて想像していた人は、ほとんどいなかったと思います」

 たしかに左打者の外野手(入社当時は内野手)は競争相手が多く、よほど突出した才覚がなければドラフト上位で指名されるのは難しい。だが、誰よりも可能性を信じていたのが度会本人だった。

「大口を叩くようで恐縮なんですけど、『僕ならやれるはずだ』とずっと信じていたし、絶対に1位でプロに行くんだという目標のもと、全力でプレーしていたんです。その目標が揺らぐことなく3年間できたことが、こういう結果につながったんだと思います」

 野球センスも技術も高い度会だが、自分自身を信じ、前に進んでいけることが最大の武器なのかもしれない。

 そして度会は、社会人野球に進んだことが大正解だったと次のように力説する。

「まずはENEOSで大久保秀昭監督に出会えたこと。野球人生がガラッと変わったと実感しています。あらためて1から野球を教えてくれましたし、私生活では父親のような存在でした。僕がこうしてプロになれたのは大久保監督のおかげだと思っています。そして最高のチームメイトや関係者との出会い。すべてに感謝したいと思います」

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