侍ジャパンで圧倒的存在感 ダルビッシュ有が「世界一のために、世界一を考えない」の言葉に込めた思い
ある日のWBC日本代表強化合宿での練習後のこと。
「ダルビッシュ選手が考える、世界一奪還のために必要なこととは?」という記者からの問いかけに、彼は間髪入れずこう答えた。
「世界一を考えないことだと思います」
そしてこう続けた。
「先を見ると、いろいろおかしくなると思うので。今日とにかく一生懸命頑張ることの積み重ね。だから、先を見ないことがすごく大事だと思います」
世界一のために、世界一を考えない──今回、WBCに参加したダルビッシュ有がもっとも伝えたかったことは、この逆説的な言葉に凝縮されているように思えた。
侍ジャパンチーム最年長のダルビッシュ有(写真左)この記事に関連する写真を見る
【宮崎合宿での圧倒的存在感】
振り返れば、最終エントリーが決まった2月初旬。メディアに『悲願の優勝へ』『14年ぶりの世界一を!』という言葉が踊り始め、栗山英樹監督の口からも「(目標は)世界一、それだけです」「日本野球の魂を信じています」など、勇ましい言葉が並んだ。
その頃、まだサンディエゴに滞在していたダルビッシュはこんなメッセージを発信した。
「少し気負いすぎというか、戦争に行くわけではないのだから。気負う必要はないと伝えたい」
だがその言葉は、日本の熱気と盛り上がりのなか、それほど注目されなかった。
だから、というわけではないだろうが、ダルビッシュは帰国して宮崎に入ると、若い投手たちのなかに分け入り、積極的にコミュニケーションを図った。変化球の握り方から、短期決戦である国際大会への臨み方など、知識や経験を惜しみなく伝えた。
技術論ばかりではない。佐々木朗希がスライダーの制球が苦手と漏らせば、「苦手と思うのはよくない」とアドバイス。宇田川優希が減量に悩んでいた時には、「いろいろ言われているかもしれないけど、あまり自分をいじめ過ぎないように。自分に優しくでいいから」という言葉をかけた。
それは"ダル塾"として、連日話題となり、宮崎での強化合宿はダルビッシュの独壇場となった。
ダルビッシュ本人は「決してアドバイスのつもりはない。僕自身も彼らから学ぶことがあるから」と言うが、今回の侍ジャパンの若い投手たちはどれだけ助けられ、救われたことか。
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著者プロフィール
木村公一 (きむらこういち)
獨協大学卒業後、フリーのスポーツライターに。以後、新聞、雑誌に野球企画を中心に寄稿する一方、漫画原作などもてがける。韓国、台湾などのプロ野球もフォローし、WBCなどの国際大会ではスポーツ専門チャンネルでコメンテーターも務める。