鉄人・衣笠から「割り箸を用意しろ」の助言。八重樫幸雄が感謝したこと
「オープン球話」連載第44回
【誰とでも分け隔てなく、気さくだった衣笠】
――前回は山本浩二さんの思い出を伺いましたが、衣笠祥雄さんにはどのような思い出がありますか?
八重樫 衣笠さんはとても気さくな人柄でしたね。僕がまだ若手だった頃も、分け隔てなく「おぅ、元気か?」と接してくれた人でした。いつも、相手チームの若手にも気楽な感じだったな。逆に浩二さんは近寄りがたいというか、話しかけられる雰囲気じゃなかった。まるで、王(貞治)さん、長嶋(茂雄)さんのような感じでしたね。
1987年6月、世界新記録となる2131試合連続出場を果たした衣笠 photo by Kyodo News――長嶋さんは話しかけやすくて、王さんは近寄りがたい?
八重樫 そう。長嶋さんも「よぉ!」って積極的に声をかけてくるタイプだったけど、王さんはグラウンドでは一切、会話もないし、白い歯も見せない。衣笠さんと浩二さんもそんな感じでした。とにかく、衣笠さんは「気さくな人」というイメージ。若い頃は合宿所を抜け出して夜遊びしていたとか、入団早々に外車に乗っていたとか、そういうウワサも聞いていたけど、そういうことを微塵も感じさせない人だったな。
――個人的に衣笠さんとやり取りした思い出はありますか?
八重樫 いろいろあるけど、一番忘れられないのは1984(昭和59)年、僕が初めてオールスターに選ばれたときのことかな?
――以前も伺いましたが、オールスター直前に右手人差し指を亀裂骨折して、出場辞退をするかどうか迷ったけど、強行出場したときの話ですね。
八重樫 うん。このときセ・リーグの監督だった王さんにも「ぜひ出てほしいし、できれば守ってほしい」と言われていたので、「代打なら出場できる」という判断で出場したんだよね。それに、当時のヤクルトは土橋(正幸)さんが監督だったから、「無理してでも出ろ!」って言われていたし(笑)。でも、どうしようもなく痛い。普段の力を100だとしたら、20、30の力しか出ない。それで「困ったな」と思って、衣笠さんに相談したんです。
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