2020.11.18

三冠王バースの怖さを八重樫幸雄が語る。
「もうお手上げ状態だった」

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Sankei Visual

「オープン球話」連載第41回

【破壊力抜群だった1985年のタイガース打線】

――さて、八重樫さんが現役時代だった頃の思い出を振り返っていただくこの連載。今回からは1985(昭和60)年に日本一に輝いた阪神タイガースの超強力クリーンアップ「ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布」の3選手について伺いたいと思います。

八重樫 あの年の阪神はとりわけピッチャーがよかったわけじゃなくて、打線がピッチャーを助けながら勝ちを拾っていくチームだった。まったく切れ目のない打線だったけど、その中心が「バース、掛布、岡田」だったな。

1985年、1986年と2年連続で三冠王に輝いたバース――確かに、「一番・真弓明信、二番・北村照文(弘田澄男)、三番・バース、四番・掛布、五番・岡田、六番・佐野仙好、七番・平田勝男、八番・木戸克彦」と続く打線は、他球団にとって脅威だったでしょうね。

八重樫 八番の木戸がまた勝負強くて、いいところで打っていたんだよ。強いて言えば、平田のところでちょっとだけホッとできる感じだったかな。とにかく、真弓を含めてホームランバッターがズラリとそろっていた印象が強いですね。

――「30本カルテット」と呼ばれていましたよね。手元の資料を見ると、「真弓34本、バース54本、掛布40本、岡田35本」と、信じられないほど打ちまくっていますね(笑)。

八重樫 ファン目線で言えば、あの年の阪神の試合は面白かったと思いますよ。

――そういえば、1985年10月16日、21年ぶりのリーグ優勝を決めたのは神宮球場でのヤクルト戦でしたね。

八重樫 あのシーズンは、僕もプロ入り初の打率3割がかかっていたんですよ。残りあと数試合で、規定打席に達していて打率も3割を超えていた。で、当時の土橋正幸監督から「どうする? この阪神戦は休むか?」と聞かれたことを覚えているな。

――打率3割をキープするために、あえて試合を欠場するかどうかということですね。

八重樫 でも、僕は別に数字を気にしていなかったんで、「出ます」と言って阪神戦に出場したんだよね。結局、残り数試合で3本か4本ヒットを打って、打率.304で終わったよ。