プロの世界でもがくドライチたち。「このままでは終われない」 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 ドラフト会議直後のインタビューで、田中はこんなことを語っていた。

「今のままでは通用しないことはわかりきっています。一番は、真っすぐと変化球で腕の振りが違うこと。プロに行けばボコボコにされると思います。牽制やフィールディングも課題。大学では『ホームに還さなければいい』と思っていましたけど......」

 当時は思わぬ自己評価の低さに、周囲からちやほやされても自分を見失わないクレバーさを感じたものだった。だが、今となってはこの繊細さ、慎重さが田中の足かせになっているように思えてならない。

 とはいえ、希望の光はある。昨冬はプエルトリコのウインターリーグに参加し、好結果を収めるなど手応えをつかみつつあった。今春キャンプでは早々にコンディション不良で離脱したものの、秋までに何らかの兆しを見せたい。

 田中らしいボールが1球でも戻ってくれば、それだけで球界の希望になるはず。それだけの才能の持ち主だと断言できる。

 田中と同期入団の佐々木千隼(ロッテ)も、桜美林大時代の状態を思えば「こんなものではない」と強く訴えたい投手のひとりだ。

 ドラフト会議直前には田中と評価を二分する勢いだったが、いざフタを開けてみるとエアポケットにはまったかのように1回目の入札で佐々木の名前は呼ばれなかった。ところが、「外れ1位」の入札では全5球団が佐々木を指名。これは史上初の出来事だった。

 当時、アマチュア野球を取材する多くの関係者は、佐々木を翌年の新人王候補に挙げていた。それだけ佐々木の完成度は高く、ゲームメイク能力は高かった。また、大学4年時は春秋のリーグ戦に夏の大学日本代表と、年間通して安定感のある投球を見せていたことも、佐々木の評価を決定的にした。

 とはいえ、全国準優勝を飾った秋の明治神宮大会では、疲労の色は隠せなかった。ヒジの位置は下がり、球速は140キロにも満たない。プロ入り後は1年目に開幕ローテーション入りを果たし、プロ初登板初勝利をマークしたものの、4勝7敗と数字は伸びなかった。2年目には右ヒジの手術を受けている。

 今春キャンプでの練習試合で佐々木の投球を見たが、スピード、キレともに乏しく、本来の姿からは程遠い状態だった。まずは投げられる体へと調整できるかが、佐々木の今後を左右しそうだ。

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