2019.09.23

元本塁打王ブランコの本音「落合さん
クレバー。中畑さんコメディアン」

  • 阿佐智●文 text by Asa Satoshi
  • photo by Asa Satoshi

「野球大国・ドミニカ共和国」と聞けば、アメリカや日本のように華やいだ野球シーンを思い浮かべるだろうが、現実はその真逆である。国内のウインターリーグには、メジャーで職のない選手しか集まらず、メジャーリーガーが出場したとしても年明けのプレーオフからで、彼らにとってはトレーニング代わりにすぎない。おかげで球場は、人気カード以外は閑古鳥が鳴いている。

 8月某日の朝、ドミニカにある広島カープアカデミーを訪問した。ここに集う若者は、メジャーのアカデミーをリリースされた”夢破れし者”である。彼らはここで再び挑戦し、生き残った者だけが”ジャパニーズ・ドリーム”をつかめるのだが、その道は果てしなく険しい。

来日1年目の2009年に本塁打王を獲得したトニ・ブランコ その足で昼間は「ベースボール・バレー」と呼ばれるメジャーリーグのアカデミーが集まる一角で、ドミニカン・サマーリーグの試合を観た。アメリカマイナーリーグの最下層であるルーキー級に位置づけられるこのリーグは、初めてプロ契約をした16~20歳前後の選手が集うリーグで、ここで才能を見込まれた者がアメリカ行きの切符を手にする。

 かつてアカデミーの選手の契約金は、日本円にして数十万円というのが相場だったが、現在は日本のプロ野球とさほど変わらず、数億円という大型契約も珍しくなくなった。1日を十数ドルで暮らす人が多いこの国にあって、ある意味アカデミーにいる選手はエリートと言える。

 そのアカデミーだが、ドミニカ社会から隔絶されている。とくに近年できたメジャーのアカデミーは、何もなかった原野を切り拓いて建設されたところがほとんどで、周囲に人気のないところが大半だ。

 アカデミーにはドミニカ人以外の、主として中南米の国から来た選手も多いが、彼らはアカデミーから一歩も外に出ることなく生活している。ドミニカ人の生の暮らしを見ることなく、ここを去る選手も少なくない。そして晴れてアメリカに渡った時、彼らはなんの違和感もなくフィールドに立つことだろう。アカデミーとは、ドミニカに場所を移した野球版”リトル・アメリカ”なのだ。