2015.01.21

「もう一度、神宮のマウンドへ」。ヤクルト由規の思い

  • 吉村大祐(サンケイスポーツ)●文 text by Yoshimura Daisuke
  • photo by Kyodo News

 久しく、一軍のマウンドから遠ざかっているヤクルトの由規。一軍で最後に登板したのは2011年9月3日の巨人戦(神宮)。その後、右肩に重い痛みを訴えてチームを離脱。おりしも、チームは10年ぶりのリーグ優勝へ向けて、ラストスパートをかけている真っ最中だった。

「これといったきっかけはわからないんです。ただあの時は、ここまで(時間が)かかるようなものだとは思わなかった」

4年ぶりの一軍マウンドを目指すヤクルトの由規

 仙台育英高時代は、中田翔(大阪桐蔭高→日本ハム)、唐川侑己(成田高→ロッテ)とともに"高校BIG3"と騒がれ、2007年秋の高校生ドラフト1巡目でヤクルトに入団。1年目から2勝、5勝、12勝と順調に勝ち星を伸ばし、2011年もローテーション投手として7勝(6敗)を挙げ、チームをけん引していた。しかし、突然の右肩痛による離脱。結局、チームも中日の猛追を振り切ることができず、2位に終わった。

 この故障が、長く険しい道のりの始まりだった。翌12年4月、練習試合で登板後、痛みが再発して離脱。布団をめくることもできないぐらい痛みは激しかった。さらに、5月には左膝の剥離骨折も判明。結局、この年はプロ入り後はじめての一軍登板なし。そして2013年4月に内視鏡による右肩のクリーニング手術に踏み切った。

「手術自体は30分くらいで終わりました。初めての手術ですごく緊張たんですが、麻酔で知らない間に寝ていて、肩を叩かれ起こされた時、『ああ、手術が始まるんだな』と思っていたら、実際には終わっていました」

 8月にキャッチボールを再開したが、リハビリは一進一退。投球練習を再開したのは、翌14年の1月だった。宮崎・西都で行なわれた二軍キャンプで順調な調整を続けていたが、帰京後にペースダウン。3月中旬には5日間のノースローデーを設けた。

「キャンプから帰ってきて、ペースを落としました。疲労ですね。投球練習をすると、その分、他のトレーニング量が減ってしまう。トレーニング量が減った分、体にバテがきたのかなと......」