里崎智也「ひょうたん型のような野球人生だった」 (2ページ目)

  • 中村計●文 text by Nakamura Kei
  • photo by Kyodo News

―― 改めて里崎さんの成績を見ますと、失礼ながら「数字」よりも「存在感」の選手だったという気がします。

「そうなんです、成績はたいしたことないんですよ。『あれ? 通算1000安打打ってないの?(通算890安打)』とか」

―― 1シーズンで、ホームランを20本越えたことがないことにも驚きました。

「僕ほど注目されなくても、僕より活躍している人は結構いると思いますよ。たとえば今年、引退を決めた阪神の日高(剛)とか。日高は1500試合以上(1517試合)出てますけど、僕は1000試合ちょっと(1089試合)。同級生のヤクルトの相川(亮二)も1500試合以上(1517試合)出場してますよね」

―― それでもインパクトという意味では、やはり負けてませんね。

「自分の場合、自己分析すると、気分のムラが激しいタイプなんです。集中している時は誰にも手を付けられないけど、集中してないときは、おい、おい、どうしたんだよ、もうちょっとやる気出せよ、と(笑)」

―― そうなんですか。

「スコアラーの人も、やる時はとてつもないオーラが出ているけど、ダメなときはさっぱりだって(笑)。(2005年にプレイオフで戦った)ソフトバンクなんかも、里崎は気分よくプレイさせたら絶対にダメだって言っていたみたいです。そのためにも『1打席目は絶対、抑えろ』と」

―― 勝負どころでのバッティングは見事なものがありました。

「ピンチになったら、ピッチャーは絶対、自分の得意なボールを投げてくるもんなんですよ。スライダーが得意だったら、スライダーばっかりくる。その球を狙えばいいんです」

―― 引退会見でもっとも印象的だったと話していたのが、2005年のプレイオフ第2ステージの第5戦。当時ソフトバンクの抑えだった馬原投手(孝浩/現・オリックス)から打った逆転の中越え2点タイムリーはどんな読みだったんですか。

「99パーセント、インコース真っ直ぐだと思いました。そこしか見ていなかったっすよ。ホント、そこだけずっと見ていました。初戦、杉内投手(俊哉/現・巨人)から打ったホームランも、第4戦で和田投手(毅/現・カブス)から打ったホームランも、いずれもスライダーだった。しかもその日、僕は真っ直ぐ系のボールで凡打を繰り返していた。次の打者はベニーですからね。キャッチャーはベニーまでは回したくないと思っていたと思うんです。だったらワンアウト一、二塁で、パワーピッチャーの馬原なんだから、インコースの真っ直ぐでゲッツーを取ろうと考えるでしょう。心理的には早く終わらせたい場面ですからね。初球から来ると思ってました。僕がキャッチャーでも同じように考えていたと思います」

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