2014.11.05

里崎智也「ひょうたん型のような野球人生だった」

  • 中村計●文 text by Nakamura Kei
  • photo by Kyodo News

 ロッテ一筋16年――長きにわたってロッテのホームベースを守ってきた里崎智也が今シーズン限りで引退した。現役時代は勝負強いバッティングと強気なリードで投手陣を牽引し、2度の日本一を経験。さらに2006年には、第1回WBCで日本代表の正捕手として活躍し、世界一の原動力となった。はたして、里崎にとってプロ野球人生とはどんなものだったのだろうか。16年間を振り返ってもらった。

プロ通算成績は890安打、108本塁打、458打点だった里崎智也

―― 里崎さんといえば、2010年にリーグ3位から日本一になったとき、里崎さんの発言から"史上最大の下克上"というキャッチコピーが生まれ、それがそのまま現実になったというのが印象的でした。

「後づけは盛り上がらないですからね。だから、あえて先に言って、勝つごとにメディアが取り上げてくれ、チームもファンもその気になっていった。チームメイトを洗脳させるのも僕の仕事のひとつでしたからね」

―― 確かに、里崎さんの発する言葉が、そのままチームの人格になっていたような気がします。

「言いまくりますからね(笑)。高校まで徳島にいたのですが、その頃はこんなんじゃなかった。何も言わない、大人しい子だったんです。でも大学で東京に出てきて、東京っていうところは自己主張しないと埋もれてしまうんだなと気づいて。自分から出て行かないと、誰も振り向いてくれないじゃないですか。それから自己主張するようになりましたね」

―― 里崎さんは、1998年にロッテがプロ野球ワースト記録となるシーズン18連敗を記録した翌年の入団ですが、その頃は、まさか現役中に二度も日本一を味わえるとは思っていなかったのでは?

「入団当初は、チームの雰囲気を考える余裕はなかったですね。むしろ、二軍にいたので、負けろ、負けろって思っていたぐらい。その方が自分にチャンスが回ってくるじゃないですか。ただ、二度の日本一ということで言えば、2005年の方が断然嬉しかったですね。なにせロッテにとっては31年ぶりの日本一ですから。スタッフも選手も全員泣いていたんですけど、そんなことって滅多にないでしょう」

―― そこへ行くと、2010年の優勝はお祭りのようでしたね。

「3位チームが上位に勝っていって、相手チームの悔しい顔を見るのは、たまらなかったです(笑)。みんな絶望感に打ちひしがれていましたから」