2014.07.17

戦力外から球宴へ。
楽天・福山博之の奇想天外すぎる野球人生

  • 高森勇旗(元横浜ベイスターズ)●文 text by Takamori Yuki
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

 サブ――楽天で「サブ」といえば、脇役のことではない。福山博之、通称サブ。中継ぎとして今季ここまで(7月16日現在)リーグ4位の38試合に登板し、防御率1.52と、最下位に沈む楽天の中で獅子奮迅の働きを見せ、今や楽天リリーフ陣の柱にもなっている存在だ。星野監督から「ウチで1番成長したピッチャー」と言わしめるほど絶大な信頼を受け、このたび監督推薦によるオールスターへの出場を勝ち取った。そんな福山がオールスター選出に対しての率直な思いを語ってくれた。

監督推薦でオールスターに選出された福山博之。

「プロ野球選手になることさえ『まさか』だったのに……。しかも、2年前に戦力外を受けたオレが、まさかオールスターにまで出られるなんて、本当にあり得ないと思う」

 そう、今では楽天に欠かすことのできない福山の野球人生は、今から4年前、横浜(現・横浜DeNA)で始まっている。ちなみに、サブと呼ばれる所以(ゆえん)は、自身もネタにするほど大きい鼻の穴が、国民的演歌歌手である北島三郎氏を彷彿させると大学時代の友人に言われ、これを本人が気に入り「サブ」と定着した。入団以来ずっと「サブ」と呼ばれているため、「福山」と呼ぶことに強烈な違和感を覚える。そのためここからは「サブ」と呼ばせてもらいたい。

 そんなサブの横浜時代を振り返る前に、奇想天外すぎる大学時代の話をぜひ紹介させてほしい。

 2007年、島根県立大東高校を卒業したサブは、野球の名門、大阪商業大学に一般受験で入学する。高校時代、まったく無名だったサブは、入学して2週間の間、野球部への入り方すら分からずにいた。

「入学して、野球部に入りたいけど、どうしていいか分からんかった。そしたら、たまたまとっていた講義の先生が野球部の部長ということを知って、すぐに入部したいってことを伝えた。『入部したいなら来てもいいよ』みたいな感じだったけど、とにかくそんな感じでオレは野球部に入れた」

 多くの大卒のプロ野球選手は、高校時代からある程度の知名度を持ち、大きな期待とともに大学へ進学する。名門大学の野球部ともなれば通常、新入生の練習は入学前の3月から始まるものだ。そんな中で、入学後に部長に直訴して入部することになったサブの経緯は、異例中の異例といえる。しかも、異例なのは入部だけにとどまらない。じつはサブ、高校時代はセカンドを守っていた。それがなぜ、大学に入り投手となったのか。

「入部して自己紹介する時、『どうせ誰もオレのこと知らんやろ』と思って、『ポジションはピッチャーです』ってウソついたんよ。そしたら、ピッチャーになった」