大谷翔平の無垢で自由な「野球ルネサンス」 97%が後払いのスポーツ史上最高契約の中身 (2ページ目)

  • 奥田秀樹●取材・文 text by Hideki Okuda

【「契約総額97%が後払い」の意味】

 筆者は米国に31年間住み、主にMLBを取材してきたが、時々違和感を感じることがある。それはたいてい「お金がすべてを決めている」と知る時だ。例えば米国の打者が本塁打ばかり狙って振り回しているのは、それが手っ取り早く昇給につながるからだ。

 チームも良い若手有望株がマイナーにいて、その選手が加わったほうが強くなるとわかっていても、調停権やFA権を得るタイミングを遅らせるために、わざと昇格させなかったりした。お金や契約に縛られず、もっと自由にやれれば、創造的で、楽しくなるのに......と不満だった。

 そこに現れたのが大谷だった。2017年のオフ、MLBの国際選手移籍の年齢制限のルールがあり、あと2年待てば2億ドルから3億ドルと噂された巨額の契約を手にできたのに、メジャーリーグの最低年俸を受け入れて渡米した。二刀流はケガのリスクが大きいと言われても、ジャクソン同様、両方プレーしたいからと二刀流を続けた。

 そして今回10年総額7億ドルでサインしたが、その内容を見れば1ドルでも多くと欲張ったのではなく、むしろ真逆だ。複数のメディアで報道されているように、ドジャースのぜいたく税の対象となるサラリー総額を下げる目的で7億ドルのうち6億8000万ドルと約97%を後払いにし、後払い分は契約が終わった翌年の2034年から2043年まで払われることになった。つまり10年の契約期間において大谷が受け取る額は1年200万ドル(約3億円)だけで、メジャーリーグの平均年俸の半分以下の数字である。しかも、後払い分は利息が付かないため、大谷自身は確実に金銭的には大損をする。

 ドジャースが2020年にムーキー・ベッツと締結した12年総額3億6500万ドル(約547億5000万円)の契約を例に説明すると、まずベッツは総額を2021年から2032年の12年間ではなく24年間にわたって受け取ることに合意している。12年が経った後に受け取る後払いの総額は1億1500万ドルで、契約総額の約31.5%だった。2032年から2037年までは年800万ドル、2038年と2039年が1000万ドル、2040年から2044年までが年1100万ドルの内訳となる。

 それだけの長い年月ではインフレ(物価上昇)があるから、ベッツが2044年に受け取る1100万ドルなどは特に今より価値が下がることになる。そこでMLB機構と選手組合は、このような長期契約で後払いがある場合は、契約全体の価値が下がるものと考えて計算し直す。ベッツの総額3憶6500万ドルの契約は、価値として3億665万7882ドルになるとはじき出された。約6000万ドル(約90億円)も下がる。そして実質的な契約総額を12年で割ると年平均2555万ドル(約38億3250万)となり、この額をベッツの年俸としてチームのぜいたく税を計算する時に当てはめる仕組みになっている。

 ベッツはドジャースで勝ちたいから6000万ドルの損を受け入れ、お陰でドジャースは毎年約500万ドル分(約7億5000万円)、ぜいたく税の対象となるサラリー総額を下げられるため、その分しっかり補強できる。

 大谷については31.5%ではなく97%。だから損をする額はより莫大になるが、それでも勝ちたいから、後払いを多くしている。ちなみにこの契約方法はルール違反ではない。労使協定には後払いの金額と年数にはリミットがないと明記されている。

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