2019.11.03

斎藤佑樹から満塁弾、激闘の決勝…
アストロズ4人の話題は日本の思い出

  • ブラッド・レフトン●文 text by Brad Lefton
  • photo by AP/AFLO

 ワシントン・ナショナルズに敗れ、惜しくも2年ぶりのワールドシリーズ制覇を逃したヒューストン・アストロズ。じつはこのなかに、日本に馴染みのある選手が4人いる。

 2017年にアストロズの主力としてチームを初のワールドチャンピオンに導き、ダルビッシュ有(当時・ドジャース)からの2ランホームランを含む5本塁打を放ち、MVPに輝いたジョージ・スプリンガー。2011年にドラフト1巡目(全体8番目)で入団したが、その前年に初めて日本で開催された世界大学野球選手権のアメリカ代表の外野手として来日し、日本代表と対戦した。

9年前の世界大学野球選手権で斎藤佑樹から満塁本塁打を放ったジョージ・スプリンガー 日本とアメリカが顔を合わせたのは、横浜スタジアムでの準決勝だった。1回表に日本に1点を先制されるも、その裏、日本先発の斎藤佑樹(当時・早稲田大/現・日本ハム)を攻めて一死満塁のチャンスをつくると、打席には5番のスプリンガーが入った。斎藤が投じた初球の変化球を叩くと、打球はレフトスタンドへ吸い込まれていった。

 あの日からすでに9年が経ち、スプリンガーも2014年のメジャーデビューからプレーオフも含めて180本近い本塁打を放っているが、日本で放った一発は昨日のことのようにはっきりと覚えている。

「初球のスプリットでしたね。自分の家の庭で遊んでいるとき以外では、人生初の満塁ホームランでした。相手のサイトウというピッチャーはすごく注目を集めていたのを覚えているし、日本のエースだと言われていました。そんなピッチャーからホームランを打てて最高の思い出になりましたが、ユニフォームの胸にアメリカの国旗がついていたので、喜びよりも名誉に思いました」

 興奮していた理由は、満塁ホームランを放ったからだけではない。東海岸にあるコネチカット州出身のスプリンガーは、この時、初めてアメリカを東西に分けるミシシッピ川を越えたという。

「イリノイ州よりも西に行ったことがなかったので、本当に貴重な経験でした。日本は大好きですし、奥さんを連れてもう一度行きたいと思います。たくさん写真を撮ったし……いま思うと恥ずかしい話ですが、記念のためにホテルからスリッパを持って帰りました。それほど日本での経験を忘れたくなかった。今でも見るたびに、あの時のことを思い出します」