リベラやボンズも虜に。日本人トレーナーの
先駆者が見たMLBの裏側

  • 杉浦大介●写真・文 text & photo by Sugiura Daisuke

――やはり、先発投手がマッサージを求める頻度が高いでしょうか? 

「ジェイコブ・デグロム、マット・ハービーなんかは登板の翌日に必ずマッサージを受けにきますね。調子が上がらない場合は、次の登板日までにもう一度マッサージをすることもあります。野手はだいたい決まった選手で、今だったらアスドルバル・カブレラ、ヨエニス・セスペデスといったベテランです」

――すっかり選手たちの信頼を得ていますが、もともとは日本の中日ドラゴンズでトレーナーをしていたと聞きます。アメリカに渡った理由は? 

「1988年から6年ほど中日で働いたんですが、その前に5年間、"メジャートレーナーズ"という東京の会社でお世話になったんです。その時に日本代表のトレーナーになり、アメリカやカナダ、オランダ、キューバ、台湾などに同行しました。その頃から、おぼろげながら『将来は海外で仕事がしたい』という想いが芽生えてきたんです」

――アメリカとの接点はどこで生まれたのでしょう?

「中日時代に、ドジャースのオーナー補佐などを務めていた生原昭宏(いくはら・あきひろ)さんが星野仙一さんと懇意にしていて、キャンプに来ていたんです。アイクさん(生原氏の愛称)は、亜細亜大学を4部から1部に上げた監督で、僕も亜細亜大出身なので、神様のような存在でした。そのアイクさんに『アメリカでトレーナーの勉強したいので、オフシーズンにドジャースを訪ねても構いませんか』と聞いたら、『来ていいよ』と言ってくれて。おかげで、当時のドジャースのヘッドトレーナーだったビル・ビューラーさんから、アメリカのトレーニングスタイルをいろいろ教えてもらえました。施設も日本とは全然違いましたし、『いつかはアメリカで』という気持ちが強くなりました」

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