2013.12.16

番記者が聞いた22年分のイチローイズム

  • 小西慶三●文 text by Konishi Keizo
  • photo by Getty Images

メモリアルヒットで綴るイチロー1992-2013(前編)

 共同通信社の記者としてイチローのプロ初安打に立ち会い、1994年から2年間オリックスを担当したのを機に、その動向を追い続けてきた小西慶三氏。イチロー渡米後も取材を続け、今季も162試合すべてに帯同。誰よりもイチローを見てきた氏が、プロ初安打から現在までを振り返った。

8月21日(現地時間)のブルージェイズ戦で日米通算4000本安打を記録したイチロー。

 イチローは節目、節目でインパクト十分のコメントを残してきた。
 
「何回やっても強い自分にはなれない。むしろ弱さしか見えてこない」としみじみ語ったのは、6年連続200安打を成し遂げた2006年9月16日(現地時間)のロイヤルズ戦だった。

 日米通算3000安打に届いた2008年7月30日のレンジャーズ戦では、「もっと早くメジャー入りしていればもっと多くのヒットが打てたのでは?」との問いに、「日本でのヒット、凡打の中には僕の技術を磨いてくれたものもある。僕は日本で養われた技術で(米国で)ヒットを打っている」ときっぱり返した。

 2012年6月17日、不振のため先発オーダーから外れ、その翌日にメジャー通算2500安打。当時、通算1817試合での大台到達はメジャー史上4番目の速さだったが、「今まで打ってきた2400と何本かのヒットが今日のゲームでは何の役にも立たない」と悔しさまじりに語った。

 しかし、過去数々のコメントでも特に強い印象が残るのは、1999年4月20日の日本ハム戦でプロ通算1000本目を決めた時のものだろう。

「打てば打つほど、分かってくればくるほどバッティングは難しくなる」

 彼の生涯打席の半分以上を目撃してきた筆者にとって、その言葉以上にイチローのここまでの戦いを端的に表現しているものはないように思える。
 
 今年8月21日のブルージェイズ戦で日米通算4000本。次の1本を追い求める旅は、もう当分誰も追いつけそうにないところまでやってきた。1992年の夏、平和台球場でプロ1本目を放ったときから彼は何を思い、何を模索しながらヒットを重ねてきたのか。それぞれの節目と当時の状況を段階的に振り返れば、その言葉の意味が見えてくる気がする。それぞれ筆者にとって忘れられない節目をたどりつつ、その言葉の奥底にあるものを探ってみたい。