【高校野球】大阪桐蔭のエース・川本晴大はなぜ攻略されたのか? 明石商が仕掛けた「内角封じ」と14四死球の真相 (3ページ目)
【明石商が仕掛けた内角封じ】
そこに追い打ちをかけたのが、打倒・川本に徹した明石商打線の組織的な攻めだった。
「内角を投げきれませんでした」
試合後、入れ替わり立ち替わり質問する記者たちに、川本はこの言葉を繰り返した。
初回から、明石商の打者はバッターボックスのホームベース寄り、ライン際に立っていた。内角球を投げづらくする、好投手対策のひとつである。しかも、各打者は川本の速球に対し、右打者なら左肩を開かず、強い意志を持って踏み込んできた。
試合が進むにつれ、バッターボックスのラインも消えて見づらくなっていく。川本にとっては内角を狙う際の目標が定めにくくなる状況だったが、それでも負けじと内角を攻め続けた。
その結果が、14四死球、161球という数字にもつながったのだろう。相手打線の攻めに対応するだけの制球力や投球術が、まだ十分に備わっていなかったということでもある。
これだけ力のあるストレートに、一定レベルの変化球も持つ川本である。極端な話、外角中心の配球に徹していれば、14四死球、161球という結果にはならなかったのではないか。その点について尋ねると、川本はこう答えた。
「それでインコースを使わなくなるのは、自分的には嫌だなと思っていたんです。でも、投げきれず、引っかけたりしてしまって......」
その言葉を聞いて、龍谷大平安戦後に捕手の三島光士郎から聞いた話を思い出した。
「ランナーが出るとテンポが速くなったり、まだ浮くボールが増えたりもするんですけど、だいぶ真っすぐ自体の制球も上がってきました。とくに右打者の内角真っすぐと左打者の外角真っすぐが投げきれるようになってきた感じはあります」
磨き続け、成長を実感していたボールだったからこそ、川本も簡単には捨てたくなかったのだろう。とくに右打者の膝もとへのストレートには、強いこだわりがあったに違いない。しかし、結果として明石商打線との内角をめぐる攻防に敗れた。
明石商の打者たちはボール球をしっかり見極め、バントやバスターの構えを頻繁に見せて揺さぶりをかけた。2回には満塁から連続してエンドランを仕掛け、内野安打と内野ゴロで2点を奪って逆転。さらに押し出し死球で1点を加えた。
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