【プロ野球】江川卓とのバッテリーは本当にノーサインだった? 篠塚和典が振り返る山倉和博のリードと、意外性のバッティング
篠塚和典が語る「1980年代の巨人ベストナイン」(9)
山倉和博 中編
(前編:1980年代の巨人を支えた"意外性の男" 野村克也、長嶋茂雄も高く評価した名キャッチャー>>)
篠塚和典氏が「1980年代の巨人ベストナイン」でキャッチャーに選んだ山倉和博氏。そのエピソードの中編では、1980年代の巨人を支えた山倉氏と江川卓氏のバッテリーについて聞いた。さらに"意外性の男"と評された打撃や、走塁面についても語った。
江川(右)とバッテリーを組んだ山倉 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【江川をリードする時の配球、サインの出し方】
――山倉さんといえば、やはり江川さんとバッテリーを組んでいた印象が強いです。おふたりの関係性をどのように見ていましたか?
篠塚 お互いに信頼し合っていたと思います。あと、江川さんの球種が主に真っすぐとカーブだけだったこともあってか、山倉さんが「ノーサインで投げていい」と言っていた時もあったみたいですね。同い年ということもありますし、ロッカーにいる時や試合が始まる前などにいろいろな話をしていたような気がします。
――江川さんはコントロールも素晴らしかったですね。
篠塚 コントロールがよく、真っすぐで空振りが取れますし、山倉さんもボールを受けていて楽しかったでしょうね。バッターは真っすぐを狙っているにもかかわらず、空振りをしてしまう。球種が多いピッチャーだと、キャッチャーはある程度配球を考えなければいけないと思いますが、2球種だとそれほど考えることもないでしょうし。
真っすぐで空振りが取れる楽しさは、僕ら野手も守りながら感じていました。「ここは三振が取れそうだな」っていう空気が、マウンドから伝わってくることがあるんです。
――配球は基本的に山倉さんが主導していたのですか?
篠塚 江川さんが組み立てる時もあったでしょうし、ケースバイケースじゃないですか。ピッチャーは日によって状態が違うことがありますし、江川さんがいつも本調子というわけではなかったと思うので。たとえば、ボールが走っている時は江川さんが主導で、そうではない時は山倉さんがサインを出したり。試合前、ふたりで1回から9回までの相手の打線の抑え方をシミュレーションする、という話も聞いたことがあります。
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著者プロフィール
浜田哲男 (はまだ・てつお)
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。




















